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やっぱりどうしても唐揚げが食べたい

こんな時にする話じゃないけど、今日はそう言う気分なので、良いかな、良いよね。

この世で一番理解出来なくて、それでも一番の理解者で、まるで自分を見ている様な気持ちになる、私よりも私、な母親の話。

母親を記号的なもので語ると簡単なので、後で小出しにしていくとして、彼女はキムタクが好き。紫色が好き。ラジオとドラマをこよなく愛していて、物語が好き。あと、朝ドラは毎日欠かさず見ていて、彼女的に良い展開だと嬉しそうに鼻歌を歌うし、悪い展開だと、その日は一日イライラしている。愛想笑いが下手くそで、友達が少ない。電車やスーパーで見かけた赤ちゃんに、大袈裟ににっこりする時は、恥ずかしいので私は決まって少し離れる。父親が何をしても嫌な顔をする。かなり合理的。もう、本当に口が悪い。なのに超繊細。超面倒臭い。勘弁して欲しい。機嫌が良い時はよく笑う。どんなに小さな事やつまんない事でも何故か笑う。いつも誰かの為に自分を犠牲にする。A型っぽいA型。暑いのも寒いのも嫌いで、走るのも泳ぐのも楽しくないと言う。温室で日向ぼっこしながら、本を好きなだけ読み耽るのが性に合っている。今は人生の休暇期間だが、身を粉にして踏ん張っていた時期もあった。行動力の鬼。そのせいで、沢山自分を殺してきた。そうやっていつも人を見捨てられないから、自分ばかり疲れちゃうんだよバカだね、と娘の立場からすると思う。まったく、子供なんて、みたいな顔をしながら実は子供好き。自分の子供の事も不器用ながらもきちんと想っている。不器用なあなたの娘だから要らないところで凄く器用になってしまったけど、それはそれで良かったと思う。感情を誰かに伝えるのが下手くそ。心底母親向いてないと思う。まあ、5人育ててますけど。「私は何もしてあげれてない」といつも言いますね。確かにそうだと思うけど、5人全員こうしてちゃんと生きているのは、少なからずあなたのお陰だとみんな思ってるよ。

家族の話をする時、毎回、ぐっと踏ん張る必要がある。それは誰しもきっとそうで、自分だけに限る話ではないと思う。家族って不思議なもんで、外から眺めているのと、内側に住んでいるのとでは見え方が180度違って見えるし、中々外部から口出ししづらい。家族と言う共同体が、もしも「家族」と定義づけられていなかったら、名付けられていなかったら、もう少しだけ生きやすい世の中だったのかな。姉が二人いるのだけど、高校生の頃二人に「家族って何だと思う?」とあたかも今日の曜日を聞くみたいにさりげなく聞いてみたことがある。そしたら長女は「自分」と答えて、次女は「他人」と私に言った。こんなにバッチリ対になるんかい、やっぱり姉妹だな、と感心したけど、自分が属する家庭内で我々のことを「自分」と思う人間と「他人」と思う人間が共存している事実を知ってしまった17歳は、今まで学校で習ってきた学習要領の無意味さと、宇宙のダイナミズム、平成狸合戦ぽんぽこを脳内で並列させて物理的なゲシュタルト崩壊を体感した。楽しくなってつい言葉で遊んじゃったごめん。家族っていうのを、新しい名前にするならみんな何て呼ぶのかな、ほら、あれみたい、席替えで新しい班に名前つけるとか、昔っからのマブにいつからか分かんないけどグループ名が付いてるみたいな感じで、ある日突然どっかの大臣が緊急記者会見を開いて国民にこう言う。「えー今日から家族を廃止します。各々好き勝手に離れたりくっついたりして下さい、それじゃ。」国民阿鼻叫喚。そこで日本は一度崩壊したと他国は思い込むのも束の間、結局何も変わらない日常。あーあ、こんなところで呟かないで映画にしたらよかったのに、なんて言葉が聞こえてきそう。耳が痛いね。映画っていうのは、話が壮大であればあるほどすぐ近くの日常に潜むことが出来るし、映画の世界が小さければ小さいほど、その奥には膨大な広がりを生む、そういうもんだと思う。知らんけど。これは個人的な癖なんだけど、一個の話を書いていると、急に全く違う話を思いつくのね、けど今はこいつの相手をしてるからお前のことは一旦置いておくね、となるわけで、何個も思いつく中で取捨選択を繰り返している自分に気づく。そうすると、ああ、やっぱり創作って殺生だって。そのことを感じながら、何かを生み出さなくてはいけないとかさ、そんなに重く考えてたら続けられないよってまた君に怒られちゃうからやめますけど。遠くない未来、僕の文章が多くの心に届きますように。願いは口に出したら叶うらしいのでここに書いとこう。お仕事、沢山下さい。

で、本題に戻ろう。凄い成長。Anosaの文章ってほぼ脳内の出来事って感じで、いつの間にか話題がすり替わって、あれよあれよと終わっていく特徴があると、誰かの分析で分かったんだけど、今日、こうして本題に戻そうと言う言葉を自ら発することが出来た、と言うことで今日は記念日。サラダ記念日。やめなさい。
母親の話ね。冒頭に、記号的に語ると簡単だ、と述べましたが、本当にそうで、何なら我々の家族についても、まあそれなりの名前は付いているらしいんですよね。さらっと話すと、姉と私は産みの親が違くて、彼女らの母親は夜空の星になっています、と幼い頃に告げられたと。私の母は、後先考えずに放って置けないタチだから結局5児の母になりましたと。父はマジで話通じない昭和人なので、抱え込んだ母親は私が高校一年の時に心不全で倒れて今は療養中と。まあでもさ、そんなこと語ったところで何もわからないじゃない?って思うわけ。実際伝わってないでしょなんも。月曜日の全校集会で長ったらしい校長の挨拶がやっと終わったと思ったら、よくわからん名前の大会で入賞した生徒達の授賞式が始まるくだりくらいよく分かんないでしょ。なので、初めに語ったことが全て、と言うことにしておこうかな。年齢や職業、病気などで大切な存在を語り尽くせますか?と言う話。社会はすぐに我々に名前を付けて区別したがるけど、そうやって括られることでそいつのこと分かった気になって、蓋を開けてみれば、薄っぺらい肩書きだけでそいつの何を見れるの?って気づくんでしょ。くだらん。個人的にそう言うのが好きじゃないから、初めましての人とかにも、あんまりそう言うの聞かないんだろうなと思う。それよりも、今日暑いっすねとか、お腹すいちゃいました、え待って今めっちゃ唐揚げの気分(笑)とか、そう言うどうでもいい瞬間に立ち現れるお前らの人間性を信じていたいよ。

10代のうちに、というかこの夏に、脚本のコンペ応募します。募集要項を見ると、今まで書いたことないくらいの枚数を求められていて怯みながらの挑戦ですが、ここに宣言することでモチベーションを得て、次回の文学フリマで会いにきてくれる人が一人でも多くなるように精進しよう。負けてたまるか、と言う短絡的な言葉で自分を奮い立たせて、少年漫画の主人公ごっこでもするか。お腹すいたなー。




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