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舞台「広島ジャンゴ2022」について

少し前に東京公演を見てきました。
発表されたタイミングで、非常に楽しみにしていた作品だったので、見に行けることができて、良かったです。
今年はコロナのことや仕事関連で、芝居を見に行ける機会がほんとどなさそうで、そういう意味では非常に貴重でした。
配信などで見ることができる作品は、見ていこうと思います。生観劇には及ぶものでもないにせよ、見られないよりはずっとましなので。

今回の劇場はシアターコクーン、自分が観劇しに行く劇場で、そろそろ紀伊国屋ホールを抜いてトップになりそうです。

今回の作品は蓬莱竜太さんの新作、主演が天海祐希さん、鈴木亮平さん、野村周平さん、中村ゆりさん、藤井隆さん、仲村トオルさんなど、豪華なキャストです。

ストーリーは、ある広島の工場での出来事。工場スタッフのシフト担当を任されている木村(鈴木亮平)が、最近入ったパートの山本(天海祐希)の扱いに苦慮しているところから始まります。
山本は工場長(仲村トオル)の意向である、残業・休日の野球観戦の強要に、賛同せず必ず定時で上がり、イベントも参加しない。工場長はその強要に全員参加したときだけ、ボーナスを支給するということを続けるため、従業員も参加を実質続けるしかなく、不満を持ちながらも目の前に吊るされたエサを享受する状況になってしまっている。
木村はそんな難しさを一人カラオケで発散し、そして自分に何も言わずに自殺してしまった姉への悲しみと、なぜ死んだのか?という思いに囚われ続けている。
ある夜、木村が一人カラオケをしていると、幻想化した姉が現れ、語りかけていく。そのあと、彼のいる世界は急に一変して、彼は突如「ヒロシマ」と言う名の西部劇の世界へ「話すことができる馬・ディカプリオ」として飛ばされていた。そこで山本は子連れのガンマン・ジャンゴとして、夫殺しの汚名を持つ賞金首となり、工場長は市長となっていた。このヒロシマは水が貴重な資源となっていて、市長が水の権益を牛耳っている。水の使用税を搾取される市民だが、水の貴重さには逆らうこともできず、市長の支配は続いている。
藤井隆・中村ゆりの夫婦は、街で水を探し当てることを繰り返すのだが、市長の陰謀でそのすべてを失い、夫は市長の下僕になり、妻は街で売春婦となって娘を育てることを続ける。
市長の義理の弟は女癖が悪く、あるとき夫婦の娘に乱暴を働こうとしたときに、ジャンゴの娘が助けようとして弟を銃で撃つ。その結果、ジャンゴの娘が投獄、死刑の判決となり、街の中で混乱が起こる。売春宿の女主人は市長の横暴に異を唱えて反旗を翻そうとするが、逆に市長の圧力によって周りの住民が裏切り、殺されてしまう。
娘を助けたい一心でジャンゴは自らを死刑にすることを望む。自分は賞金首なので良いお金になると。しかし実際に夫を殺したのは娘。DVで近親相姦すら厭わない夫が母に暴力を振るったときに、それを助けようとした娘が父を銃で撃ったのが真相。そういったいろいろなことを含めて、母は娘を助けると決め生き続けてきた。
最後はガンマンであるジャンゴと市長一派の対決となり、市長が倒れて世界は終わる。
その時「馬・ディカプリオ」はどうしているか?、、、、彼は傍観者であることしかできない。最後の対決もディカプリオは歌うことしかできなかった。ひたすらラップを歌い続ける。ただ姉の自殺からは、姉の幻想からの告白で開放されている。ブラック企業での仕事に疲れて、彼女の心は折れていた、楽になりたかった、、、、、

気がつくと日常が戻っていた。木村はまた工場長の圧力のために山本へ残業と休日イベントの参加を求める。山本は現実社会でも娘とともに警官である夫から逃げるために生活していた。山本は娘と過ごす時間を大切にするために受ける事はできないと明言し、木村はそれを快く快諾する。そして他の従業員からの申し出も快く受けるが、そのことに憤慨した工場長は木村を外すことを示唆し、最後木村と山本の二人が残された工場で、二人は語り続ける。

すみません、ざっとストーリーの流れを書いてしまいましたが、なぜここまで書いたか?お気づきの方も多いと思いますが、全て現実社会での出来事になぞらえた部分を素材に盛り込んでいます。これは蓬莱さんの狙いでもあり、見ている人がそういった現実をどう受け止めているのか?でもあると思います。それだけに観劇していて、そういう出来事の一つずつを正面から受け止めながら見ていました。見ていてシンドイ部分もあるし、いい話ばかりではない。ただこういった出来事に対して、この舞台では「こうしなくてはいけない」とか煽るわけではないにしても、個々の人が持つ気持ちや失ってはいけないものという部分を登場人物に反映させていました。最終的にはハッピーエンドではなく、苦い思いは残ります。しかし木村が得たものがなにか?が大事なものということが伝わる作品でもありました。

天海祐希さんは、ほんとに素晴らしい演技だったと思います。山本とジャンゴというキャラクターの違いは本質一緒であっても、醸し出す空気が全然違うので、舞台上での天海祐希さんを見ていると、その空気の一変さにおどきしかないです。すごい人だと思います。特にジャンゴになってからの凛々しさと娘を思う母の二面性の演技は見ているこちらにビシビシ伝わってきます。天海祐希さん、母ではないけど、色々な人の母みたいなものかとか納得してました。
鈴木亮平さんは、ほんとカメレオンです。「孤狼の血」のヤクザと同一人物の演技ですからね。今回は「傍観者」というスタンスの演技なので、自分が主体ではない分、余計に難しいと思うのです。その中で特に姉の自殺について悩む姿、姉の幻影との対話の中で、助けることができなかった自分、これからの自分がどうすればよいのか?を考える場面、いろいろなものが詰まった後半の木村の演技は見事だと思います。
仲村トオルさん、悪役いいですね。何がいいって、全然悪いことを悪いと思っていない演技。当たり前でしょ?って感じで悪いことを普通にしていくところが良かった。そういうところが逆に怖いですよね。自分が見ている作品だとこのところ良い人系が多かったので、すごく新鮮でした。
個人的に好きな中村ゆりさんが本当にきれいで、見ているだけで良かった。いつ見ても爽やかさと儚げさが両立していて、素敵な女優さんだなと思います。

全体に社会的な問題が散りばめられた作品ですが、何が正解という部分ではないにせよ、目を背けないことはこの舞台の中で根底にあったと思います。説教じみていないことは良かったと思います。一度、市長の横暴に反旗を翻した女主人があっさりと周りに裏切られて殺される部分も、現実的だと思います。そう、現実はそんなもんでもあるわけです。社会は、世間は、自分の仲間ですらも助けてくれるわけではない。自分のために裏切ることも普通です。最後、木村は山本を受け入れた代わりに工場長から疎まれて終わります。苦さもあり、しかし得たものがある結末も現実っぽいラストでした。世の中、工場長みたいな人はそれこそ身近な場所にもたくさんいて、そういう人の機嫌を伺いながら働く人が殆どかもしれません。それでも働く、現実との折り合い、生活との折り合いをつけながら。それが間違っているとかではなく、いろいろな選択における一つの道であり、何の道を選んでいくか?を考えていくことが大事なんだと思います。
この舞台は、そういう自分の眼前にあるもの含めて、どう受け止めるのか?を実感させてくれる良い舞台でした。

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