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映画 『風の電話』

涼しくていい香りのする、私の一番大切な映画です。

東日本大震災で家族を失い一人生き残ってしまった少女「ハル」が、広島の叔母の家からふるさとの大槌町を目指し旅をして行く中で、さまざまな背景を持った人々に出会い、その優しさに触れ、心に光を取り戻していくお話です。


初めて観たのはちょうど一年前でした。
その時はハルの視点になって自分も一緒に旅路を行く気持ちで観ていて、最後、電話ボックスでのハルの言葉には涙が止まりませんでした。ハルが大好きになりました。

今回は全体を観ることができて、一回目とは違うものが感じられました。

まず最初の広島での場面は、私にとって一年ぶりとなるハルとの再会でした。
前回は、この子全然喋らんな〜、ぐらいにしか思っていませんでしたが、今回はいきなり目頭が熱くなってしまいました。
ハルは初めはこんなにも脆くて弱々しくて、今にも消え入りそうな子だったのかということに驚き、一人取り残されて心がずっと止まってしまっているような様子がとても辛くなりました。

迷子になってもう動けなくなってしまった小さな子どものように心細く、穏やかだけど寂しい街の景色はハルの瞳を灰色にしていました。

叔母さんが倒れていよいよ心の支えを失ったハルは、半ば放心状態で西日本豪雨の被害が残る場所へ赴きます。全て流されて何も無くなった状態がそのままにされてしまっている景色は、ハルの心の荒廃と同じです。

ハルが苦しみを叫ぶシーンは、初めて観た時はわけもわからず圧倒されるばかりでしたが、今回はハルの泣き声、叫び、すすり上げる声、息づかいに深く感じ入って胸が張り裂けそうでした。頭も痛くなったし、息をするのも辛くなりました。今、書きながらもハルの絶叫が思い出されて痛いです。
でも前回よりハルのことがわかるようになった気がして少し嬉しかったです。

地面に倒れるハルを、トラックで通りかかった男性が起こします。これが一つ目の出会いです。

ハルは道中たくさんの人々に出会いますが、出会う人は皆ハルに対し、自分自身に向かうように接します。
ハルに自分と通づるところや昔の自分の面影を感じ、どうしても気に掛けずにはいられないのです。文字通り自分のことのように親身になって、一緒にご飯を食べ、ハルの話を聞き、自分のことも話します。
そして別れるとき、ハルは一つ解放されて新しい道を見つけ、進みます。
そのような出会いが、大きく5つに分けられると思います。

一つ目は、失い、残された人々
二つ目は、決めた人々
三つ目は、故郷を失った人々
四つ目は、過去に向き合う人々
五つ目は、前にすすむ人々

五つ目は風の電話ボックスを目指す少年との出会いですが、その子に対し今度はハルが、自分自身にするように接したところが、私はすごく嬉しくて微笑ましかったです。

初めて観たときは私もハルと同様に、出会う人々の暖かさを心に感じました。彼らとの食卓を囲んだ交流によって、心の翳りに少しずつ光が差し込むような気がしたのを覚えています。

しかし今回は逆に、出会った人々にもっと共感しました。彼らは暗闇から自分を救うために、ハルを大切にせずにはいられなかったのかなと思うと、その優しさが本当に優しくて涙が溢れました。

全体を通して感じたことは、

生々しいのに非現実。一方で、幻想的なのに現実である。

ということです。

例えばハルやハルの出会った人々は皆、日本のどこかで本当に生きているのではないかと思えるほど現実味がある上に、クルド人の家族などは現にそこで暮らしている人々でした。
しかしハルの旅は映画ですから、もちろんフィクションで、17歳の少女が広島からヒッチハイクで旅をして、人々の静かな悲しみと優しさだけに出会って無事に岩手に辿り着くというのはもはやファンタジーです。

それでも私は、生き生きとした登場人物とその生々しい人生によって、非現実の世界に入り込んでしまっていました。

その一方で、夢のように美しく幻想的な風景が登場します。例えば風の電話ボックスのある場所や福島に行ったときの菜の花畑は、とても絵画的でいわゆる「映画のワンシーン」のような印象を受けます。
しかしこの美しすぎる空や木や風の音、そして風の電話ボックスこそ、現実に存在しているのだと改めて気づくと、わかっていたはずなのにとても驚いてしまいました。


私はこのことには大きな意味があると思っています。それはハルの成長が作り話ではなく本当だったと信じても良いのではないか、と思わせてくれる理由になるからです。
それはハルだけでなく他の登場人物たちや、心が映画に入り込んでしまった私にとっても、救いや希望を現実のものに変えてくれます。

「みんなに会う時には、ハルはおばあちゃんになってるね。」

そう言った後、ハルの美しい涙に大槌町の風景と光が反射してキラキラと輝いていたのが忘れられません。










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