「ここちゃん」#4(終)
#4「ここちゃんもういない」
僕の部屋にパンジーみたいな青色のソファが来た日、ここちゃんは不思議な形の目をキョロキョロさせながら、異物を飲み込んでしまった時みたいなバツの悪い顔をしていた。荷解きを済ませてテーブル前に置いた青いソファはやっぱり少し派手だけれど、ここちゃんが並ぶとその色調は丁度良く思えた。でも何故か、ここちゃんの表情はすこしも変わらなかった。
「ここちゃん専用のソファが出来たよ」
「そうね」
「それじゃあ、これがここちゃんの居場所だね、ここちゃんの居場所はここだね」
「そうかもしれないね」
その日、結局ここちゃんはブランケットを持ち寄ってソファの上でまあるくなって寝ていた。まるですべて、さいしょから決まっていたみたいに。眉間に皺を寄せず、穏やかな顔で眠っていた。僕はとても安心した。やっと、ここちゃんの居場所が出来たような気がしたから。
次の日の朝目を覚ますと、ブランケットはここちゃんの形に窪んでいるだけで、ここちゃんは消えていた。いつものことだと思って気に留めなかったけれど、嫌な胸騒ぎがしてブランケットはそのままにした。またいつか来るだろう、明日とか明後日とか。部屋の鍵を開けて、冷蔵庫に牛乳を買っておいて、日当たりのいい部屋に青いソファを置いておけば、それが彼女の居場所だから、きっと大丈夫。そう思った。
それから、ここちゃんは本当に姿を表さなくなった。僕の家のソファにも、近所の喫茶店にも。
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ここちゃんが居なくなって、もう3ヶ月が経つ。
結局、ぼくにとって無邪気な純粋さはとても残酷だった。ここちゃんは急に現れて急にいなくなって、僕の心臓にここちゃん形の穴を作っていった。まるで初めて会話した時のプリンみたいに。ぽっかり。
電話番号の置き手紙なんて、尾が引くようなことを彼女はしなかった。つまり、彼女はもう僕のことなんて考えていないだろう。無邪気だから、全て手に入れたら棄ててしまうんだね。僕は怒らないから、本当は恋人も家族もこの街に居ましたとか、名前もちゃんとありますとか、本当はちゃんと働いていますとか、それくらいの身の上話もしてくれれば良かったのに。何も分からないここちゃんのせいで僕はずっと迷子になってしまった。蟹座なのか乙女座なのかもわからないここちゃんのことを僕は死ぬまで永遠に探してしまうのだろうか。
ベランダのパンジーは次の春を待っているのに、ここちゃんはもうここにいない。
僕の部屋には片付けられないブランケットの、ここちゃん型の窪みが残ったまま、次の春を迎えた。
僕はまだ一度もそのソファに腰掛けることが出来ない。
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