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駒込駅 境界線上のバラバラな街 | なげなわツール

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赤い一反木綿のようなユルいマスコットキャラクターを冠し、デカデカと「しもふり」の文字が躍るゲート。それは、駒込駅北口から本郷通りを北に5分ほど歩いたところにある。駒込住民の台所、霜降銀座商店街の入口だ。

ゲートの存在感のわりに狭い道は、八百屋からあふれた買い物客でしばしばふさがる。魚屋や精肉店、豆腐屋、日用雑貨店が軒を連ねる光景は、まさに下町。観光地ナイズされたそれではなく、地元の人びとが日常の食料や雑貨を調達する場として現役で機能している、正真正銘の商店街なのである。初めて見たときは「ラピュタは本当にあったんだ!」みたいな興奮をおぼえた。

アパートの内見に訪れるまで、私にとって駒込は単なる「山手線と南北線が通っている、家賃相場が安めの駅」だった。でも、不動産屋の車を降りて内見先のアパートへ向かう途中、商店街を横切った数秒間の印象で、一気に駒込は「住みたい街」になった。不動産屋に戻ってすぐ「ここにします」と告げると、営業のお兄さんは「え? 床軋んでたしそんなにおすすめしませんけど…」と困惑顔だったが、そんなことはどうでもいい。前金として手持ちの1万円を無理やり押しつけ、めでたく成約した。

引っ越してほどなく、私が「霜降銀座商店街」だと思っていた商店街は、1つの大きな商店街ではないことに気づいた。先述の「しもふり」ゲートを入ってずっと歩いていくと、ある地点から街灯の看板が「しもふり」から「そめいぎんざ」に変わる。そこから先も下町風情ただよう商店街だが、「染井銀座商店街」という別の商店街なのだ。改めてよく見てみると、いつの間にか道幅は広くなって、舗装ブロックの模様も変わっている。やや高級志向のローカルスーパー「サカガミ」とサンドラッグを中心に、花屋や酒屋、時計店、飲食店などが点々と続く。さらにどんどん進むと「西ヶ原銀座商店街」が現れる。こんなふうに、複数の商店街がシームレスに連なって、長い長い商店街を形づくっているのである。私が内見のときに横切ったのも、霜降銀座ではなく染井銀座だったようだ。

あるとき、染井銀座の「レトロフィッシュカフェ」でくつろいでいると、オーナーがこんな話をしているのが聞こえてきた。

「霜降は北区だけど、染井は豊島区で、西ヶ原はまた北区なの。バラバラだから、お祭りとかも別々にやるんだよ」

なるほど、と妙に納得した。もともと私は下町が特別好きなわけではない。そもそも人づきあいがあんまり得意ではないし、どちらかというと「つながり」とか「ぬくもり」のようなフレーズに抵抗を感じるタイプである。それでも下町感の濃い駒込を居心地よく感じるのは、区の境目にあって街がほどよく分断されているからか。それが地域にとっていいことなのかはわからないが、付かず離れずの距離感が私にとってはちょうどいい。

特に用事がなくても、天気がいい日は商店街をぶらぶらする。本屋に行ったり、喫茶店でぼーっとしたり、花屋で花を買うついでに白くてふわふわの看板犬をめでたりして過ごす。公園で集会をしている地域猫たちに混ざってみるのもいい。どんなときも、バラバラな街のどこかには自分の居場所が見つかるのだ。

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■なげなわツール (@lasso_tool)
東京生まれ。大学進学で京都に移り、卒業後は京都の会社に就職。転職で実家に戻ったが、また一人暮らしがしたくなり家を出る。


*このエッセイは、住んで暮らす東京の街についてのエッセイ集『あの街』第1号の収録作品です。
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