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曙橋駅 新宿から2駅のエアポケット | 透明ランナー

宮部みゆきは「人間というものは誰でもエアポケットを持っている」と書いたが、街にも同じことが言える。東京というこの広大な街にも周囲の喧騒とは一線を画したエアポケットが存在する。それが曙橋である。

曙橋という駅についてどんな印象を持っているだろうか。新宿駅からわずか2駅、毎日2万人が利用し、都心のど真ん中にあるにもかかわらず何の印象も持たれることがない。ぽっかりと空いた空虚な渦のようなエリアである。

曙橋はチェーン店から見放された駅だ。この街のメイン商店街である「あけぼのばし商店街」にはスターバックスもなければ吉野家もなければマツモトキヨシもない。マクドナルドは2012年で潰れた。唯一のカフェチェーンだったカフェ・ド・クリエは2015年にいきなりステーキになったが、それももうすぐ潰れそうだ。山手線の内側でこれだけチェーン店が存在しない駅も珍しいのではないだろうか。

曙橋駅

曙橋駅もかつては隆盛を誇った時代があった。フジテレビ本社があったからである。芸能人やアナウンサーが日々闊歩し、あけぼのばし商店街は高級料理店やアパレルショップが軒を連ねる最先端の街だった。しかし発展可能性が乏しいという理由で1997年にお台場に移転してからは見る影もない。往時を偲ぶものは今や「左 フジテレビ」と書かれた小さな石碑のみだけである。

フジテレビ

そんなあけぼのばし商店街にも誇れるものがある。それが大正元年創業の和菓子処「大角玉屋」だ。
 
1985年の元日。3代目社長の大角和平が新聞のコラムで「洋菓子・ケーキの時代がそろそろ終わり、何かのきっかけがあれば和菓子の時代が来るだろう」という記事を読み、和菓子に新しい風を取り入れてみようと挑戦。試行錯誤の末、大福の中にいちごをまるごと1個入れた奇抜な新商品を30個販売する。これが日本初のいちご大福である。

大角玉屋のいちご大福はフジテレビに来る芸能人の間で評判となり、またたく間に全国に広がった。昭和の終わりには日本中の和菓子店から同業者が観光バスに乗って勉強しにくるほどになり、今やどこの和菓子屋にも置いてあるポピュラーな商品となったのである。

いちご大福1

本店はさほど広くない店内に常時20種類以上の和菓子を並べている。毎月季節の新商品を発売し、人に渡す手土産としていつも愛用している。最近いちばん喜ばれたのはひな祭りの季節に出たお内裏様とお雛様を模したそば粉のクッキーだ。

いちご大福2

宮部みゆきは「人間関係が長続きする秘訣はすべて平均点ではなくひとつ100点があること」と書いたが、街にも同じことが言える。この街には何があるわけでもないが、それでもひとつお気に入りの場所があればこの街をずっと愛することができるのだ。

■透明ランナー (@_k18)
昔仕事で文章を書き今は趣味で書いている人。未公開映画を観るのと本屋さんを巡るのが好きです。
https://note.com/k18


*このエッセイは、住んで暮らす東京の街についてのエッセイ集『あの街』第1号の収録作品です。
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