あの人の早期退職③

初めて異動することになり、新規採用から3年目の奴は大抵「長期出張」というシステムによって、月曜日の午後から金曜日の午前中まで出張先で勤務し、出張元へ戻るという人事が発令されました。
(最初に長期出張を経験してから、というパターンもあります)
集団生活が苦手というか無理な私も、例外なく人口1万人程度の町へ出張することになりました。

その後、この「長期出張」というシステムは「色々とお金を無駄にしてますよね」という会計検査院のもっともなご指摘を理由に消滅することとなります。

長期出張システムの良いところ
・月曜の昼から金曜の昼まで、寮でご飯が食べられる
・やりくり上手な賄管理人だと、食費が安い
・ネカフェのような狭いが個室だったり

長期出張システムの残念なところ
・稀に料理の腕前が壊滅的な方も居る(上、職員だと労働組合が身分を守りまくる)
・現地で自転車くらい買わないと、コンビニすら片道徒歩30分とか
・自治体によるが、娯楽施設がまるでないこともあり、やることが無いため、結果ダラダラと超勤
・プライバシーに配慮が無い職場の場合、4人部屋ということも

私は出張先で経理を担当することになりました。
当時は給与も現金支給。
支払の書類は振込明細表を作成して、小切手を持参。
週に1度程度通ううちに、銀行の窓口の方とも仲良くなります。
最初は職場で呼ばれてたのに、1ヶ月もすると「あの人さ〜ん」と名前で呼ばれてました。
「ねえねえ、今日の夜って何してるの?」
『ご飯食べて、夕寝して、仕事かなぁ』
「じゃあさ、みんなでカラオケ行かない?」
『あら、じゃあうちの職員にも声掛けます?』
「いや、あの人さんだけ来てくれれば良い!」
『え!あらら!ありがとうございます!』
「じゃあ時間決まったら、連絡するね〜」

長期出張も悪くない。いや、むしろ良いんじゃないか。
そんな勘違いをしてしまっても仕方のない出来事でした。

仕事で通ううちに、銀行の窓口で働く女性行員からカラオケの誘いを受けてホイホイ乗った私。

これがモテ期ですか!ありがとうございます!優勝目指して頑張ります!
もちろん守秘義務は守るタイプの私ですので、同僚や上司にはそんなイベントの告知は致しません。
ただ、残念ながら、この情報は意外なところで漏れてしまいました。
業務を終え、夕食を寮で食べていると、外線電話が鳴りました。
あ、多分私です〜と言ったのに、賄のおばちゃんが電話を取っちゃいました。
「あら、はいはい、どうもどうも。え?あの人さん?居るけどどうしたの?え?カラオケ?18時に?今ご飯食べてるから伝えておくわね、はい、はーい」
ざわ・・・ざわ・・・。
長期出張先の職員は全員男性ですので、みんな若い女性が好きです。
「何故お前だけが」
「ズルいぞ」
「2人でデートか」
「俺も連れて行け」
『いや・・・まぁ・・・人柄ですかね?』

うるさい職員を尻目に、カラオケで行員4人を相手に熱唱しまくる私。
あの人さんって彼女います?いえ、同じ職場の女性に二股掛けられて別れたばかりで、はい。
この前、ATMの横の「ご自由にお持ち下さい」のカレンダー、全部持って行こうとしたでしょ!ダメだよ!私達が丸めてるんだから!
最近そう言えば監視カメラ増えましたよね?あれって私対策ですか?あ、違う?良かった〜。
1人で女性行員4名とお喋りも、意外と出来るものです。
そんな楽しい雰囲気の途中、何故か扉が開きました。
何せカラオケ屋さんが街に1軒しかないのと、職場のオス・・・いや男性職員は鼻息も荒く、偶然を装って近付いて来ました。
あ、あれ?ぐ、偶然だなぁ!
演技がもう少し上手ければフォローも出来たのに。毎度お騒がせしますに出てたクラッシュギャルズと同じくらい棒読みなんだもの。

優勝はしませんでしたが、それ以来女性行員の皆様とは良き話し相手になりました。
最後まで賄のおばちゃんだけが、
「どの子がいいのさ?オロナミンあげるから教えなさい」
と、最後まで元気ハツラツに仲を取り持とうと必死でした。ごめんねおばちゃん。

私は野球経験もあったため、職場の野球部にも加入していたのですが、椎間板ヘルニアが原因で野球部は引退していました。
そんな私に「草野球チームの助っ人」の依頼がありました。
多分打てませんけど、守るのと走るのは何とか・・・ということで、助っ人として加入することになりました。

そう言えば私は肩が滅法強いという特殊スキルがありました。
何処の馬の骨か分からない助っ人はライパチと言うことで、与えられた役割を全うしようと頑張りました。
おあつらえ向きに、ヒットエンドランでライト前ヒットが飛んできました。
すかさずダッシュして三塁へドーン!
これでアウトが取れて超気持ち良かったです。
半信半疑だったチームメイトも熱烈歓迎ムード。これです、これ。うちです、うち、南○園(北海道ローカルCMを適当に検索すると、縦縞のハンカチを横縞に変えることの出来る手品師が、厳しい条件で焼肉屋を探しているCMと出会えるかと思います)。

長期出張も、いや、田舎暮らしもなかなか楽しいなぁ。
うるさい車も少ないし、野生動物は色々見掛けるし。
犬、猫、キツネ、ウサギ、タヌキ、フクロウ、ツル。
後半はレア動物ですので、例え田舎でも見れたらラッキーアニマルです。

そんな私は、この街が気に入ってしまったため、土地を買う仕事3年→田舎で経理業務3年→土地を買う仕事2年の間に、この街の方とご縁があって、割と若いうちに結婚をしました。
すぐ子供が出来ました。前回の反省を踏まえたのが功を奏したようです。
私は出産に立ち会わないことに決定。
「待合所でまだかまだかとウロチョロしながら待つ」ことに憧れていたためです。

さて、出産当日。
就寝1時間後、気配を感じて目を開けると、
「破水した」と言われました。
『それは一刻を争う感じ?』と確認したところ、とりあえずは大丈夫そうだけど、今から病院へ来い、ということで病院へ向かいました。

とりあえず、今すぐ出産ということは無いので、旦那さんはどこかでお休みになっててください、と。
じゃあ実家で仮眠してくるね、と、実家で仮眠。
携帯が鳴り、仮眠のクセに8時間しっかり寝たことに焦りつつ電話を取ると、
「もうそろそろ産まれます」
慌てて病院へ。
言われるがままお腹をさすったり、背中をさすったり。
いよいよ出産ということで、ストレッチャーで運ばれる妻に頑張れと伝え、待合所の椅子に座りました。
(この時はまだ喫煙者だったため)ちょっと煙草を吸いに行こうかと思った矢先、中から「はい、いきんで!」と声が聞こえてきました。
ん?生まれ・・・る?
いや、そんな。分娩室に入って半日なんて話も聞くし、まさかね。
はーい、おめでとう!
ん?ん?
こ、これは椅子に戻るべき。

予感は的中しました。
15分〜30分くらい待ってたでしょうか。
「はい、女の子ですよぉ〜」
うひゃー!可愛い!娘可愛い!
不覚にも泣きました。
最近まで学生だった私が親だなんて。
友人の机を、うっすら黒板消しで軽く撫でて、授業中に突っ伏して寝たら真っ白作戦とかしてた私なのに。
公務員試験の時、上靴と消しゴムを忘れた私なのに。
366位?ってことは、まだ下に2人居るんだ?俺よりアホな子居るんだなぁと感心していたら「2人辞めてるよね」と言われ、学年最低の成績になってしまった私なのに。
そんな私がお父さん。

どれだけ耳元で娘が泣いても、一切目が覚めない私。
たまに叩き起こされ、ミルクを作ったり。
娘と2人でいる時に限って、お尻拭き&おむつ交換の作業に当たったり。

そんな娘も私の血を受け継いでいるようで、寝ぼけて左足を天高くピンと伸ばしました。
んもう、可愛いんだから。
次の瞬間、足の力が抜けたと思ったら、ファールカップを着けていない私の金的に左足の踵が命中。
激痛。夜だから叫べない。娘が起きちゃう。
トムとジェリーのようなシチュエーション。

可愛いから許す。許すっ。ぐぬぬぬぬ。

娘が生まれた2年後、今度は息子も生まれました。
息子が生まれた時もまた色々ありましたねぇ。
また気配を感じて目が覚めたら、妻が「陣痛」と。
そのまま産婦人科へ向かったものの、実は私が体調不良。
風邪っぽいからついでに病院行ってくるよ、と、妻を産婦人科で下ろし、私は内科へ。
どうやら7番目。
5番目まではテンポ良く進む。
6番目の患者さん、声が大きい。待合ベンチに座る私に情報の全てが漏洩。
「うちの鉢植えの花が今日咲いた」
「近所の○○さんも最近頭が痛いって言ってたから、今度連れて来るわ」
「最近暖かくなってきて、だいぶ雪も減ってきた」
お医者さんが「で、今日はどうしました?」と聞いているものの、最近の話がまだまだ続いています。
・・・待ちきれなくて産んでたらどうしよう。
心配をよそに盛り上がる6番目の患者さん。
「えーと、何しに来たんだっけ・・・」
マジか。病院に来る理由忘れるか。
「あ、そうだ、ほら、喉!」
まぁそれだけ喋ったら、喉も痛くなりますよね。うんうん。
そしてやっと私の順番です。
『えーと、鼻水が出て、熱が出ていて、妻がこれから出産です。なので早めにお願いします』
「ん、んん?そ、それは急がんとね!」
速やかに注射を打たれ、後はお会計を待つのみ。

「こんにちは〜、○○(宅配業者)です」
「あ!こんにちは!」
「これ、旅行行ってきたから、お土産持ってきたのさ」
「え〜!ありがとうございますぅ!」
「○○はちょうど天気も良くて・・・」
「え〜!良いなぁ!私達も行きたぁ〜い!」
「ホント?じゃあ行こうよ!」
「は〜い!やった〜!」

ああもう。
今じゃなく良いのに。何というタイミング。

「あの人さぁ〜ん」
『はい』
「あ、えーと、ちょうど1000円になりますぅ・・・こちら、お薬出てますねぇ・・・」
『あ、分かりました。お釣り要らないです』
「1000円ちょうどお預かりしますぅ・・・う?」
初めてです。お釣り要らないですって言ったの。

産婦人科に戻ると、
「遅い!」
と怒られました。
前回と違い、歩いて分娩室に入り、すぐ産まれました。

「男の子ですよぉ!」
実は熱が38度あった私。
産婦人科の待合所(廊下)のソファーで横になっていたため、フラフラしながらも息子を受け取り、抱っこ。
やっぱり赤ちゃんは可愛い。娘もお姉ちゃんだ。

この時は幸せの絶頂だったなぁ。
こんな時代もあったのです。

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