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「またスタート」

 小説家のスタートといえば新人賞ですが、新人賞にも様々な種類があります。ミステリーや時代小説、純文学など、いわゆる「ジャンル」の違いはもちろん、「どういう形で本になるのか」ということも重要です。つまり、大きな形の「単行本」か、手軽な「文庫本」かということ。

 ただし私がデビューしたときには、版型の違いはそれほど大した問題だとは思っていませんでした。
 というのも、単行本が出れば、しばらくして文庫本になるのは当然だと考えていたからです。前回も書きましたが、単行本に比べれば、文庫になれば作品の寿命は少し、長くなります。価格の面でも、多くの人に手に取ってもらいやすくなるでしょう。

 私が新潮社の「新潮エンターテインメント大賞」という新人賞を受賞して、その作品である「ゴールデンラッキービートルの伝説」が単行本で出版されたのが二〇一二年のこと。

 以来七年間、この作品が文庫化されることはありませんでした。

 一度、新潮社の方にうかがったところ、「以前の出版方針とは異なり、確実に重版が見込める作品でなければ文庫化は難しい」とのことでした。これは普通の言葉に直すと、「お前の本は売れると思えないから文庫にはできないよ」ということになります。

 もちろん、新潮社のことを悪く言うつもりはありません(よく言うつもりもありませんが)。人の台所と懐具合には、それぞれの事情というのがあるものです。

 そんな「ゴールデンラッキービートルの伝説」が、このたび文庫になることになりました。新潮文庫ではなく、「キノブックス文庫」というレーベルです。

「キノブックス文庫」、ご存知でしょうか?
 知らない、という人がほとんどだと思います。キノブックス文庫、と聞いて、「ああ、あんな感じのデザインの文庫ね」と思い浮かべることの出来る人は、本屋さんかキノブックス文庫の関係者だけでしょう。

 この文庫化に際しては、ありがたいことに他の出版社からも「うちで文庫に」という話をいただきました。

 では、なぜそんなに知られていないキノブックス文庫を選んだか。

 単純に一番早く声を掛けてくれたから、最新作の版元だからという理由もありますが、それよりも大きかったのは、「まだほとんどの人が知らないレーベルだから」という点です。ほとんどの人が知らないものだからこそ、これから育っていく可能性がある(小さいながらも)。

 それに文庫のレーベルが育って大きくなるというのは、書き手にとってチャンスが増えることにもなります。私と同じように、他の版元で文庫にならなかった本を引き受けてもらえるかもしれないし、自信があるけどなかなか出版できない本が、ここから出せるかもしれない。他人のことなんか考えてる場合かよ、と思われるかもしれませんが、そこはそれ、この世界は共存共栄。

 デビュー作がデビューした版元で文庫になる。それはある意味では当たり前の話で、ある意味では幸せなことです。
 ただし小説家も実人生と同様、思っているような道はなかなか進めないもの。私にも、当たり前で、幸せな道を歩きたかったという気持ちは人並み以上にありますが、そうじゃないだからら、それはそれで仕方がない。でこぼこな道をぜえぜえ言いながら歩くというのは、しんどいながらも楽しい面があるものです。

 デビュー作には、その人のエッセンスが詰まっています。最新作である「あの日~」の中には、「人生は円を描いて戻ってくる」というフレーズが出てきますが、「ゴールデンラッキービートルの伝説」の中にも、同じテーマが隠れています。

 そして私自身も、デビューしてから七年かけて、一周まわってスタート地点に戻ってきたようなもの。

 ここからまた新しい一周が始まります。


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