詩とは何か

人間が最初に発した言葉は祈りの延長線上にあった。それまで痛み、空腹、怒りなどの生理的な刺激、すなわち内なる世界に対して上げていた叫びが、ある日自分の外部世界へ向けられて、初めて祈りへと、そして言葉へとなったのである。私は人が祈っているのを見るのが好きだ。受験に合格しますように。早くコロナが収まりますように。今日の夕ご飯はカレーではありませんように。そこに原初の言葉にはあった世界への意志を感じるからである。

月末に文学フリマ東京の原稿の締め切りを2つ抱えていることもあって、私は最近毎日のように詩を書いている。私は詩を書き始めてから3年ばかりしか経っていないのだが、最近よく詩を書いていることもあって、そもそも詩とはなんだろうかと偶に考える。偶にしか考えないのは、詩とは何かというのは大体が定義の問題であって、詩の本質と縁がないからである。第一、これは詩ではないと権威が決めてみたところで、そのポエジーを止めることができるだろうか。詩とは一面全くもって無意味な権威付けである。

私はそのような権威付けを離れて、純粋に私の、私個人が追い求める詩の本然を記述する必要を感じた。それは一つには、現代詩に跋扈するレトリックと言葉遊びに堕した詩と訣別するために、私自身の詩の理想を定義する必要のためである。詩を定義づけるというと、多くの人はこれまでに読んできた詩に共通し、そしてこれまでに触れてきた詩ではない芸術作品とは異なる点を探して、それを詩の定義とするであろう。私はそうではなく、詩の根源を求めるべきであると主張する。

先に述べた通り、私は原初の言葉は祈りから生じたと信ずる者である。さらに言えば、すべての言葉ははじめ詩であったと信ずる者である。原始人が火を持って洞窟に絵を描く。そのときに発せられた言葉——祈りは、紛れもなく詩であったはずである。また、生まれ落ちた子が発する最初の言葉は詩である。すべての新しい言葉は詩であって、すなわち、原初の言葉はすべて詩であったというのが、私の主張するところなのである。

叫びと祈りの根本的な違いは、世界を志向しているかどうかである。したがって、詩はその形式、技術によってではなく、世界を志向しているかどうか、世界と向き合っているかどうかで測られなければならない。初めに発せられた言葉が例外なしに詩であるのは、その明確な世界に向き合おうという意思によるものである。私がレトリックと言葉遊びに堕した詩を嫌うのはこの一点によってである。レトリックそのものが詩でありうるのはその産声のみであって、その後に続く模倣物はもはや詩ではない。

私は早稲田大学詩人会に所属している。そこでの他の部員たちとの話の中で、詩とは何かというのはしばしば話題に上った。他の文芸とは異なったある種の詩の言葉で書いてあること、という主張を覚えている。ここでいう詩の言葉は何かというのを突き詰めていくと、世界を志向した言葉であるかどうか、祈りであるかどうかという点に辿り着くのではないかと最近思うようになった。詩は形を変えた祈りであり、現代詩とは祈りの現代における一様式である。

現代詩という魑魅魍魎に踏み入っていくと、奇異の念に包まれる。記号をふんだんに使ったり、新しい言葉の結びつきを生み出そうとしていたりする作品を見ると、まるで新しい言葉が生まれ出ようとしている瞬間に立ち会っているようで、感動を覚えることもある。しかしながら、それよりもどこかで見た技法、どこかで使われた形式の使い回しだと感じることの方が多いかもしれない。ところで、繰り返しに耐え得ないような人生に何らかの価値はあるであろうか。現代詩にはレトリックにもなりきれないような形式が跋扈している。

詩を他の文芸との違いによって定義しようとする試みはしばしば失敗に終わる。それは外部による詩の定義と、作者による作品の定義があるからであろう。ここで私は詩を世界を志向した、形を変えた祈りであると定義した。それではこれを満たす他の文学作品はないのかと言えば、もちろん探せば存在するであろう。また、祈りではない詩は存在しないのかと問われれば、祈りでなくとも詩と定義されている作品は山ほど存在するであろう。私がここで主張したいのは、そういった外部的・権威的(作者もまた作品に対する権威である)な定義付けではなく、あくまで内在的な詩の本然であることを付しておきたい。

私は私が詩だと信ずるところの詩を書いてきたつもりである。少なくとも言葉を玩んでそれで満足したことは一度もなかった。私は十分に世界を記述してきただろうか、それはわからない。ただこれからも書いていきたいとだけ思う。願わくば良い詩を書きたい、人が良く生きたいと望むように。詩とは何かと定義した後、ここでは良い詩とは何かを定義する必要はない。私にとっては、十分に世界を志向し、切実で、心から祈っていれば良い詩なのである。

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