桃の園
日暮れの停車場で響き出す サクソフォーンの黄金の音色
どこで鳴っているのかわからずに ただその艶やかの音色に聴く、
衰えゆく春の光線に輝かしい サクソフォーンのなめらかな真鍮。
泣いていた ……泣いているのか
盲人は白い杖で暮れ方を探り歩き
無言で見守っている 一人の青年と、わたし
通り過ぎる人たち
顔を見合わせることもない無数の影が駅舎に滲み出せば
ここは桃の園、わたしから滑っていった記憶
黄昏の園生を 彷徨い歩く
崩れつつある陽光が 咲き誇る桃の花枝を揺れ
燃え落ちる雲の明るみに 遠のく黄金の音色を重ねる
すべてを諦めることも すべてを望むこともできないまま
桃の園が わたしのものになってくれない
煉瓦造りの礼拝堂を 壊して進むショベルカー
赤煉瓦のくすんだ色合いは光を纏わず 舞い上がる塵芥
吹き流されて 桃の花
大きな音が恐ろしかった
ためらっている間にも 霞んでいった夕暮れに
見上げなければならないほどに 高みで揺れる桃の花を
見上げない 分からない
途方に暮れるわたしの上で 今まさに美しく匂いながらも
崩れてゆく桃の花
ぜんぶ諦められるだろうか
わたしはわたしの中で ゆっくりと身動きが取れなくなる
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