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【詩集】少女の内蔵を裂かないで


私と貴方がが大人になるとき
膝が傷んで小さな背で見た景色を
忘れるんでしょう

でも
それだけではないでしょう

胃腸さえ痛みはじめて
油っこいあの青春さえ
好まなくなる

終いには
心の臓が痛いからと
心も動かさなくなり
恋の発作も情熱の動悸も
感じなくなる

大人になるとき
私と貴方は内蔵を引き裂いて
そこから大人を産むのです

だから私はここに
貴方のために
内蔵を引き裂かれた少女の歌を記します


マーチは〇点の試験用紙を見せながら
ヤンヤン、ヤンヤンと笑ったのさ
マーチは転んで泥だらけになった顔で
ヤンヤン、ヤンヤン笑ったのさ
原色のみの絵画を見せて、
音の外れた歌を歌って、
平仮名だらけの作文を見せて、
ツギハギだらけの裁縫を見せて、
そして、そして、
それから……
マーチはヤンヤン笑っていた

けれども、昨日、彼女がついに
何もできないと言って
ヤンヤン笑わなくなったから
私は己の解雇通知書を手に持って
彼女の前で
ヤンヤン、ヤンヤン笑った
マーチは、ヤンヤン、ヤンヤン
泣きながら笑った

2021.05.14

赤い宝石

赤い涙がたらり……
ルビーのように光っていた
赤い涙らぽたり……
頬を伝って掌に
いつまでもいつまでも
赤く光っていた

涙の赤いのは誰の所為なのと
齢十にも満たぬ少女が
呟くから
それは夕陽の所為よと
母が嘘をついた

母親の薬指に光る赤い指輪は
もうとっくに黒ずんで
けれども少女はその黒ずみを
何も知らぬまま
涙をぬるり……
眺めていた

2021.07.12

蜜と天使

林檎を少女に差し上げましたら、
何も返っては来ませんでした。
コインを数枚老人に渡しましたら、
何も返っては来ませんでした。

それから幾度、
何かを譲りはするものの
返ってくるもののあるはずが無く
手元に残ったのは、
たった一冊の小説でございました。
その小説を欲しがる童がいましたので、
渋々それを渡しましたら、
……何も無くなってしまいました。
それで良いのだと、
林檎を手に持つ
羽の生えた少女を見て思いました。

2021.09.11

ピースと少女

パズルの少女は
街ゆく人にピースを差し出していた
理由を言わぬまま
ひたすらピースを差し出した

泣いている子どもに
衰弱した老婆に
夢を諦めた青年に
恋に敗れた奥方に
ひとつ ひとつ
ピースを手渡した

やがて少女を象るピースは無くなり
彼女の命は燃え尽きた
その代わりと言ってはなんだが
人々は心の平和を取り戻したとさ

2022.02.22

学級崩壊

セーラー服の少女が泣き出した
スクールバックを投げ出した
教師までもチョークを投げ出した
みんなみんな投げ出した

誰もハンカチ持っていない
誰も言葉を持っていない
少女も正気を持っていない
みんなみんな持っていない

セーラー服の少女
いま
窓の縁に足をかけた

セーラー服の少女がいたことに誰も気が付かないまま

2022.12.24

雨垂れと少女

雨は私に同情して
泣いてるわけじゃないんだよ
もしそうだったなら私はね
こんなに辛くはないんだよ
もしそうだったなら私はね
心臓が塩っぱいとは思わないんだよ

雨は私のことも知らないで
勝手に泣いているだけなんだよ
だからこんなにも私のね
傷痕に染みて痛いんだ
だからこんなにも私のね
泣き顔に誰も気づかない

雨垂れを袖に見立て私の泣き顔は透明に
実態はそこに生きているのに
誰も私が泣いているなんて思わない
思わない

2024.05.07

少女は、飛んだよ。

少女は、飛んだよ。
あのお月さんの重力に逆らって
飛んだの。
わたしね、もうパパの言うことなんか聞かない
ってお月さんに言ってね
飛んだの。

少女は、飛んだよ。
あのお日さんの灼熱に唾つけて
飛んだの。
わたしね、もうママの言うことなんか聞かない
ってお日さんに言ってね
飛んだの。

パパとママが世界の中心だったあの頃の少女。
飛んで消えてった。
お月さんとお日さんは少女を、
出来損ないの娘だと言った。二人は飛ばなかった。

2024.05.20

私という綺麗事、私という少女性

私は 私という少女性は
アナタに好かれるためには生きていません
舌を這わせて鞭で打って
正しさを押し付けるような
アナタに好かれるためには生きていません

私は 私という少女性は
アナタに嫌われるために生きています
飴玉を甘すぎると言って唐辛子を唇にぬり
世の中を歪んでみるような
アナタに好かれるためには生きていません

私は 私という少女性は 常に生まれたままの裸で
どれだけ傷つけられようと
私を純白のウールで包んでくれた人たちの愛を信じ
私は 私という少女性は 常に世界の美しさを見る
私が愛してるというのは 私の少女性で
綺麗事なんかじゃありません 綺麗な言葉だとは思うけれど

2024.05.26



少女の内蔵を裂かないで
いられたら
私と貴方は大人になれないのでしょうか
大人にならなければ
いけないのでしょうか

少女の内蔵を裂かないで
生きていられる方法を
大人は教えない
教えられない

私と貴方と皆は
大人になろうとして
広大に見えた世界の景色も
胃もたれするような青春も
心臓の苦しい喜びも忘れて
痛む内蔵を裂くのです

それでも、でも、
少女の内蔵を裂かないで。
大人になんてなりたくない。


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