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八月、そして四月

【八月】

涙は出なかった。
ただ、安心した。
あるべきものがあるべき場所へようやく納まったのだと、ホッとした。
2016年から2021年。日数にして1999日。
長いようでいて短いような旅がひとつ、目的地へとたどり着いた。



泣かなかったのが自分でも意外だった。


切望していた光景を目の当たりにしたら感極まるものと思っていたのに、眼球は乾いていた。不思議な気持ちだった。嬉しいのに切なかった。よく分からない痛みだった。


もっと早くにあげられていたのかもしれないという後悔なのか。
彼らがどんどん遠ざかっていってしまうような気がするからなのか。
自分にまだできたことがあるんじゃないかという不安なのか。
彼らの傍で共に喜び祝うことが出来ない今の世界への悲しみなのか。


多分、色々。これらすべてと形容できない感情が心の中でぐるぐると渦を巻いていた。初めての感情だった。
長い年月、練習生期間を含めればゆうに10年以上、あのトロフィーを目指してきたであろう彼らの胸には、もっと様々な感情が織り交ざっていたんだろう。


2016年2月23日。はじまりの日は、振り返ると随分と遠くに見える。
そのはじまりを、私は知らない。
私のはじまりも、覚えていない。


どうしてここまでASTROを好きになったのか。
彼らを推してやまないのか。
理屈をこね回すことは出来る。それらしい綺麗な言葉を並べることは苦じゃない。でも、言葉じゃいくらあっても足りない。彼らの素晴らしさを、私は伝えられない。


職場が変わった時、当時1枚だけ持っていたブルフレの推しのトレカをこっそり手帳に挟んで持っていった。推しがそこにいると思うだけで初めてづくしの環境への不安とも戦えた。
ワンオリのとき、初めてリアルタイムで彼らの歌を聞けることが嬉しくて嬉しくて、泣きながら帰った。歌声は優しかった。
悲しいことがあった時、辛いことがあった時、推しが踊る動画を見て美しさに惚れ惚れし、子供のようにはしゃぐ姿を見て同じように笑った。


私はまだ1度もこの目で推しを見た事はないけれど、出会ってからずっと、推しは私とともにあった。
彼らはきっと知らない。自分が誰かを救ったことなど。救われた分、彼らに恩返しをしたいと、あげられるものがあるなら全てあげたいと思っている人間がここにいることを。
知ってほしいとは思わない。彼らには自分たちの思うように自由に、やりたいことは全てやり尽くして、幸せに笑っていてほしいから。彼らの世界に介在することは、私の本意ではない。彼らの笑顔が好きだけれど、泣きたい時には泣いたらいい。ASTROが清涼彼氏ドルであることが誇らしいけれど、ドゥンバキソングをやりたいなら躊躇わずに挑戦してみてほしい。
ただ幸せであれと、ひたすらにひたすらに願っている。



道なき道を歩き続けて、その足跡にいま、花が咲いた。
冷たく吹き付ける風に身を寄せあい、長い長い夜にも明日を信じ、雨に紛れて涙を流し。そうして歩いてきた。六人で、ずっと。
風は遠くまで種を運び、夜は朝日を連れてきて、雨は地面を潤し、そうして蕾がほころんだ。


花屋に並ぶような豪華な花では、まだないのかもしれない。それでも私たちにとっては世界一美しい花だ。何よりも誇らしい、何物にも代え難い一輪の野辺の花。あなたが咲かせた努力の結晶。


あなたは栄光の星を掴んだ人、そして人の心を掴んで離さないスター。
蒼白い雪原のただ中で春の景色を見せてくれる。絶望を知るあなたたちが、それでも歌う希望だから、こんなにも心に響く。
迷う時に勇気を、悲しい時に安らぎを、しんどい時に喜びをくれたあなたたちの日々に、同じように私たちが幸福をあげられていたかは分からないけれど。


顔を上げて空を見れば、そこには星がきらめいている。いつでも。どこであっても。
だから、思い悩む時には空を見上げてほしい。己が手にした星を見てほしい。
いつも、私たちの傍らに寄り添ってくれるあなたたちの歌のように。
いつかあなたが荒野に立つ時に、あの夜が吹き付ける冷たい風からあなたを守る外套になりますように。

旅路は続く。
さぁ、次はどこへ行こうか。













【四月】

あなたの星になりたいと、いつもいつも言っていた彼ら。
星座のように、六人でひとつ。今までも、これからも、決して変わらないと思っていた。信じていたし、信じていたかった。
この日が来ると知っていて、来なきゃいいのになぁと叶わない夢を見ていた。
2022年4月9日。
ASTROの最年長、向日葵のように明るく、聡い優しさを持つメインボーカル、キムミョンジュンが5月に兵役に行くと宣言した。



ウヌではないけれど、正直まだ実感がない。
ハッピーバイルスであるMJがいない、それは怪我や療養や別スケジュールではなく何ヶ月も姿を見られない、そんな状態が想像できないから。


苦しくて、悲しい。


ファンでさえそうなのだから、練習生の頃から何年も、家族のように過ごしてきたメンバーたちは心臓がちぎられるような辛さを抱いているんだろう。
それでも、彼らはいつも通りにMJに言葉を送ったから、私も普段通りでいたいのだけれど。
待っている自信は揺るぎなくあるのだけれど。
どうしても、どうしようもなく、色んな感情が湧き起こる。


まだ足りないんだよ。
人気歌謡での一位も取ってない。ドームツアーもしてない。もっとたくさんの人にASTROを知ってほしい。今までのあなたたちの努力に見合うだけの栄光を、舞台をあげられてない。なのに行ってしまう。間に合わなかった。
悔しい。


この街ではまだ桜が咲いていない。春を告げる花が咲く頃にASTROは完全体でカムバックして、そしてメインボーカルが抜ける。
寂しい。
次に六人が揃うのはいつか。考えるだけで気が遠くなる。だってASTROは全員年齢が違う。これから毎年毎年、誰かを見送らなきゃいけない。
本当に、寂しい。
空からひとつ、星が欠けてしまう。あんなにキラキラと光る星が。私たちを照らしてくれる笑顔が。彗星のように美しく尾を引く歌声が。
いってらっしゃいを、きちんと言えるだろうか。待っているからねと手を振れるだろうか。大丈夫かな。今から不安だ。


二年。
長いのか、短いのか。分からない。何億光年もの長さのような気もするし、瞬きよりも一瞬な気もする。


でも、待とう。待てばまた会える。
どんなに長い周回軌道でも、彗星はやがてまた夜空を駆ける。キラキラと、まばゆい流星を夜の闇に散りばめて、私たちの頭上を彩ってくれる。
だから、いつかまた、視界を埋め尽くす輝きを目にするその日まで。


私はここで星を待つ。

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