全て良いと、君が言ったあの日に。
仕事が少しだけ変わった。
少し、というのは嘘かもしれない。週に一、二度は出勤時間の一時間半前くらいには出勤しないといけないような感じになった。シンプルに早起きがつらい。半日職場にいるってどうなの、ねぇ。おかげでSNSに浮上する時間も減って……いや嘘、あんまり減ってない。時間帯が変わっただけだコレ。
運の悪いことに、仕事を引き継いだタイミングで仕事内容が結構変わった。私も、周りも初めてのことだらけで、てんてこ舞い。ご飯をかきこんで、すぐに現場に戻って、昼休みも黙々と手を動かした。誰もいないから、イヤホンでこっそり音楽を聴きながら。せめてもの癒しを求めて指先が選んだのは、つい最近までスミンしまくっていた推しのアルバムだった。
ふんふんと鼻歌を歌いながら動かしていた手が、ある曲のある一節で止まった。
「You are my treasure」
直訳すると「あなたは私の宝物」。
それは、All good という曲の歌詞で。何回も聞いた曲のはずなのに、立ちすくんでしまった。そんなことないよ、と呻きたくなった。
だって、仕事が全然終わらなくて回らなくて周りに迷惑をかけまくってヒィヒィ言いながら昼休みも仕事してるような奴だよ。宝物だなんて、そんなキラキラした暖かくて優しくて素敵な言葉をもらえるような立場じゃないんだよ。
だけど、そんな風に言ってもらえたの、子供の頃だってなかったよ。
気がついたら涙がにじんでいた。悔しくも悲しくもなかったけど眼球の奥が熱かった。ああ、多分わたし、実は結構しんどかったんだなとその時に初めて分かった。薄暗い、むっとした湿度のある生ぬるい空気の充満した部屋で、ひとり。私は私の辛さを見つけた。見つけてもらえた。「君は僕の宝物だよ」という推しの、アイドルの言葉で。
アイドルの一つの意味に、偶像というものがある。
曲の歌詞に救われたと思うのは、たとえるなら偶像崇拝に近い。ような気がする。実際に一度も目にしたこともない相手が不特定多数に対して歌っている曲で、自分勝手に救われているだけの話だから。
でも、毎日やる気とか元気とか未来への希望とか自尊心とかをビルドアンドスクラップしてどうにかこうにか生きている人間には、自己中心的な救済ですら得難いもので。
何が言いたいかというと、誰かを救えることは間違いなく才能だってことで。
だから、そんな才ある彼らも、と思ったとき、胸がぎゅうっと痛んだ。君たちももしかしたら、誰かに「あなたはわたしの宝物だよ」と言われることで救われる時があるのかもしれないと。
誰に言われなくたって宝物、人類の至宝、世界遺産に決まってるじゃんと第三者の私は思うけど、私だって私のことを宝物だとは思えないんだから、彼らだって似たようなものだ。同じ人間だし。
だとしたら、それは結構、しんどい。
君たちが自分のことを宝物だと思えない日があるなら、もしくはそんな日が来るなら、私は何度だって叫ぼうと思う。君は大切だよ、愛されるべきものだよ、宝物だよって。
誰かに言われることでしかそう思えないときは、きっと誰にだってあるから。
幸いなことに、私の手の中にはスマートフォンという、世界中の誰とでもどことでも繋がれるものがある。SNSのアカウントもある。地球の裏側、ブラジル宛てにだって、私は文字でなら叫べる。
だから叫ぶ。届けと願いながら。
君たちをこんなにも愛していると、幸いを願っていると、やりたいことがあるならなんだってやったらいいと、直接目を合わせたことさえない彼らのために綴る。五月晴れの空の下で、家に帰り着いたあとの薄暗い車中で、夜眠る前に翌朝のアラームをセットした指先で、こんな風に。
私の言葉に、世界を大々的に変えるほどの力があるとは思わない。私の言葉はきっと、太陽にはなれない。
でも、月や星にはなれるかもしれない。
彼らを真昼の世界に連れてはいけなくても、人恋しくなるような闇の中で薄ぼんやりと光る月や星くらいには、なれるかもしれない。
不特定多数のファンでいい。ただ、伝わってほしい。
君をこんなにも応援している人がいるのだと。誰かにとって、君たちは間違いなく宝物なのだと。君たちが存在しているだけで幸せになれる人間が、この地球上のどこかにいるのだと。
あの日、誰もいないあの部屋で、君たちの歌がひとりの人間の心をそっと掬い上げたように。
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