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0512_あなたの母の日

 竹光は家路を歩いていた。
 曇り空の隙間から度々太陽が顔を出し、彼を照らす。じんわりと汗をかき、段々と歩く速度が速まると、段々苦しいと感じるようになった。多忙が続いているせいか、最近、時々同じような子とが起こるのだった。苦痛に眉をひそめ、深呼吸をするための深呼吸を行い、下を向き、目を閉じ、また開ける。そうして歩き続けていると、竹光は小石につまづいて転んだりするのだった。転けそうで転けずに足をもたつかせるにとどめていると、ふと、視線の先に影が出た。

「大丈夫ですか」

 声をかけてくれたのは若い女性のようであった。中性的な雰囲気ではあるが、声色がやや高い分、恐らく女性だろう。幼い顔立ちが彼女の年齢を混乱させるが、何れにしても竹光は驚いていた。彼女はとても真剣に、丁寧に竹光を心配してくれているようだった。

「あ、ありがとう。大丈夫です。少し、その、石につまづいただけなので」

 竹光は照れるような情けないような、そのどちらともと言う顔で笑った。

「立てますか」

 そう言って、彼にその手を差しのべてくれた。

 そこで竹光は、思わず涙を落としてしまった。

「ああ、ごめんね、何でもないんだ。転んだときに砂なのかホコリなのか、目に入ってしまって」

 言い訳を即座に口にするが、そのたどたどしさは余計に怪しさを増し、涙は止めどないのである。そして、今度は頬にふわふわの繊維を感じる。

「涙、拭ってみてください。汚れても大丈夫ですので」
「あ、はい」
「そしてらそのまま、ハンカチに顔を埋めて、深呼吸します。吸って・・・吐いて」

 彼女に言われるままに深呼吸する。徐々に、胸の鼓動は落ち着き、やがて自然と口角が上向きになる。

「ありがとう、落ち着いてきました」
「母が教えてくれた、『落ち着くための方法』です。あなたにも合ったみたいで良かったです」

 今度は彼女が照れるように言い、幼く笑った。

「ありがとう。とても素敵なことを教えてもらったね」
「はい、今日、役立ったと伝えてみます」
「じゃあ、これをあなたに」

 竹光は先ほどスーパーで買い物をしたときにもらった1輪のカーネーションを渡した。

「嫌だなと思ったら捨ててください。でも、今日はほら、母の日だから。僕の母はとても遠くにいるから渡せないし、うん、もし
良かったら」

 彼女はありがとうと言ってそれを受け取った。

「私の母は、いろんな子供の母なので、きっと全然気にしません。喜びます。代わりに、ハンカチはそのままもらってください」

 ありがとうと言って、お互いに会釈をしながら別れた。
 ふと彼女のその先を見ると、子供たちが楽しそうに走り回り、楽しそうな声が飛び交っていた。

 竹光はそっとスマホを取り出すと、母に電話をかけた。コール音が妙に心地よく、なんとも気持ちの良い夕方だった。

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