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0402_ご自愛

「いい人キャンペーンとかいらないから」

 私が隣で画面とにらめっこして悩んでいると、課長はそう言った。

「粛々と、淡々と進めればいいから」

 こうも続けた。
 多分、私が些細なことで悩んでいるので、その助け舟を出してくれたのだと思う。そんなに悪気はないはずで、言い換えると『必要な依頼事項だからあまり相手に気を使いすぎずに進めて大丈夫だよ』と言うところだろう。
 ただ、私は随分とこの言葉が鋭く尖った何かに思えて仕方なかった。
『いい人ぶるとかそう言うのはいらないから余計なことせずにとっとと仕事しろ』と、そんな風に聞こえる。ただでさえ自分で要領が悪く仕事ができないと分かっているのに、その上でいい人ぶっていると言われると、恥ずかしくて仕方ない。そんなコトをするより先にやることがあるだろうとでも思われている気がする。
 いい人ぶっているわけではなく、自然と細かな部分が気になってしまうのだ。よく見られたいというより、気になるが正しいだろう(よく見られたいもあるのだろうけども)。この『自然と気になってしまう』が曲者なのだ。意識していないから自然にそうなり、自分ではそれが『些細なこと』なのか分からないのだ。だから、言われて初めて気づく。

「そうですね、粛々と」

 そう返事をして、私は『粛々と』相手へメッセージを送る。この瞬間、多分、私は私を殺しているのだと思う。
 もういい歳をした社会人として、自分を抑えて仕事をする必要があることも、そんなものだと言うことも分かっている。
 でも、自然にそうなることを停止するということは、私ではなくなることではないかとも思うのだ。

「そうですね」

 私はもう一度課長に返事をする。

「粛々と、私なりに伝えてみます」

 そう言ってパソコンに向かい直してメッセージを続けた。最後の一文には『ご自愛ください』とつける。

 別に誰も私を知らないし、私を殺そうともしていない。でも、うっかりそうなっちゃうこともあるから、私だけは私を知ってそのままでいさせてあげたい。

 ご自愛しようと思う。


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