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0707_七夕サイダー

「おまたせしました」

 店員さんが私の注文したサイダーを持ってきてくれた。トン、と目の前の卓上に置かれる。私はその音だけを聞いて、ありがとうございますと言って会釈した。
 私の他には誰もいない静かな店内で、耳を澄ますとシュワシュワと気泡の踊る音がする。
 7月7日の夕方7時夕暮れ時、私は子供を待っている。

 店の窓ガラスに色がついているのか、夕暮れ時の外の街は少しだけくすんだ薄紫に見えている。それがなんだかきれいで私は外ばかりを見ていた。そこに、七夕の笹が見える。店先に飾っている笹には、いくつものの短冊が風に揺れていた。
 ああ、今日は七夕か。
 ぼんやりと思い出すのは子供がもっと小さな頃だ。今でこそ私の手を離れて習い事に行くような小学校高学年であり(お迎えはやっぱりまだ心配で今日も待つ)、七夕なんて気にもとめないのだが、保育園に通っていたときはやっぱり短冊を持って帰ってきたものだ。
『かぞくがしあわせにくらせますように』
 子は当たり前のようにそれを書いていた。なんて出来た子なのだろう、親バカであるがそう思った。自分がその年の頃は、アレが欲しい、コレがしたいなどと自分の欲ばかりを書いていた記憶である。我ながら良い子に育てたと思える。
 子が最後の短冊を書いてからもう5年も経つのか。あの子の願いは果たして叶っているだろうか。

「お母さん、お待たせ」

 気づけば私の席に子が帰ってきていた。

「お疲れ様。何か頼む?」

 私がそう言うが早いか、子が嬉しそうな声をだす。

「何このサイダー!めちゃくちゃ可愛い!」

 そう言って見ていたのは、私の注文したサイダーだった。そうか、私はまだ飲んでもいなかったのである。お店の人に失礼なことをしたなぁと思いながらグラスを見ると、確かにめちゃくちゃ可愛い。星や月、ハートの形の色とりどりなゼリーが浮かんでいるのだ。

「あれ、これ、普通のサイダーなはず」

 私はてっきり、そういうサイダーを注文したと思って少し驚いた。すると、近くのテーブルを整えていた店員さんが笑って教えてくれた。

「今日は七夕なので、特別仕様の普通のサイダーです」

 『特別仕様の普通の』サイダーと言う表現が面白く、私も笑った。子も嬉しそうに笑い、私もコレがいい!と言う。店員さんにお願いし、ようやく子は席に着いた。
 少しして店員さんが同じものを持ってきてくれた。さっきも聞こえたシュワシュワと気泡の踊り。

「可愛くて嬉しい」

 そう言ってストローで一口飲んで、子はにっこりと笑った。

「あー、今日も幸せ!!」

 どうやら七夕の願い事は自動更新で叶えてくれるらしい。
 私もやっとサイダーに口をつけた。ぬるくて気の抜けたサイダーは、甘くて幸せだった。

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