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0616_今日だけは2

「こんなこと、誰にでもできるんだよ」

 冷たい紅茶をグラスに入れながら、高瀬が言った。机の上には、手作りのスコーンにレモンジャム、クリームが添えられた皿もある。ふぁん、と香ばしい香りに爽やかな甘い香りがセットで香る。外はようやく日が暮れてきて、まだぬるい暖かさと夜の冷たい風が混ざって私の頬をさわる。

 日曜の夕方、私と高瀬は今、ティータイムをしている。

「夕飯も食べるよ。でも、この中途半端な時間にこんな風におやつを食べたりしちゃうんだ」

 いたずらに笑って、高瀬がアイスティーを渡してくれる。カラン、と崩れた氷がキラキラと輝いて見せる。私はありがとうと言って受け取り、それを一口飲む。

「あ、桃?」
「うん、最近フルーツティーが好きで」

 高瀬もグラスを持ち、その香りを一瞬感じたあと口に含んだ。そして、うん、と何か確かめるようにしてもう一口飲む。そしてそのまま手を伸ばし、スコーンを取ると半分に割る。ふわっと湯気らしきものがその割れ間から立つのが見えた。私も、同じようにしてスコーンをもらい、半分に割る。まずはそのままで口に入れると、ほろぬくさに思わず笑えた。

 ついでに、涙も出たときた。

「どうせ日常には戻らなきゃいけないから、こんな風に一瞬だけ非日常にしたところで・・・・・・って、思うのもわかる。でも、一瞬の非日常を作っても作らなくてもどうせ明日には日常に戻るってわかっているなら、なおさら今だけでも楽しめばそれはそれで正解かなと思っている」

 気づけば高瀬のグラスは空になっている。私の手にあるもう半分のスコーンにレモンジャムとクリームを塗ってまた口に入れる。今度はスコーンの優しい甘さとレモンの酸味、甘すぎないクリームが口の中でうまく混ざって、その美味しさに思わず鼻も出た。高瀬がティッシュをくれる。

「高瀬はすごいよ」
「だからね、こんなこと、誰でもできるの。夕飯前なのにティータイムにしちゃうとか、スコーン焼いてみたりわざわざちゃんとジャムとクリーム持ってみたり、そんなことくらい、誰でもやれるのよ。明日仕事だし、とか思ってのんびりして現実逃避するのもひとつだけど、簡単にできることであるなら、休みの日に片っ端からやっちゃう」

 私は目と鼻を拭き、アイスティーを飲む。言われてみればそうだな、と思いながら、そのまま飲み干した。私が今日、今、ここ高瀬の家でこのアイスティーとスコーンを食べようが食べまいが、明日は来るし、仕事はある。

「私、のんびり本読みたいんだよ」
「うんうん、今、ほら、読みな」
「あと、ちょっとお昼寝もしてみたい」
「うんうん。夕寝になっちゃうけど寝なさい、どうぞ」

 高瀬は手際よく私に本やらブランケットやらを手渡してくれた。そして優しく笑った。

「ほらね、やりたいと思うことのできるものは、誰だってできるんだよ」

 まだ、スコーンの香ばしい香りが部屋に充満している。

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