0216_忍びの赤
「薄目にして、陽の光にかざすとうっすら赤に見える黒髪にしてください」
懇意にしている美容師に、私はいつも通りの注文をする。そしていつも通り思う。私はやっぱりそう言う人間になりたいのだろう。
真っ黒な髪をして黒縁メガネのショートの私、友人は多くなく、静かで大人しくあまり色々なことを知らない。どちらかと言うと暗めの服を着る、小さな私。
でも本当は違う。一緒にいる時間が長くなるほど、私は変わっていく。身長は低いけれど、適度にしなやかな筋肉が付いていて実はスタイルは良い。着るのは暗めの服ではあるが、気に入ったブランドの変わったデザインの服である。静かで大人しいと思っていたら、話し始めるとなかなか面白い事をいう。もちろんTPOに合わせてそれなりに賢い話も出来ます。何も知らない顔をしてその奥には色んな知識がある。一方で人の話もよく聞ける。だから誰に対しても適切な声掛けが出来る。黒縁メガネは伊達眼鏡で視力は良い。密かな自慢は長めのまつげだが、眼鏡で隠れている。それで良い。
その、極めつけが髪の色である。黒髪にして赤がある。
こんなに大人しそうな人が!!
まさか赤色を隠していたなんて!!
私は、こんな風に思われたいのだった。
こんなに暗い感じなのにあのブランドでちょっとおしゃれ。
こんなに静かなのに、なにその鋭いツッコミ!
こんなにポカーンとしているのに、得意分野めっちゃ喋るじゃん。
こんなにボーっとしているのに、意見を聞けば適確にアイディア出してくれる!しかも斬新!
出そうと思えばたくさん出せる。ギャップと言うと何か狙っている感じがあからさまなので使いたくはないけれど、うん、ギャップ。私は「え!君がこんなことできるの?!」みたいなことが好き。
能ある鷹は爪を隠すというからには、10本ある指の爪、全部をギャップに使いたい。でも例えば。
「え!君がこんなことできるの?!」
と、本当に言われたとして、ニマニマして終わりなので、自己満足なだけである。でも、それで良いと私は思っている。私が満足するならそれで良い。
「はい、今日も真っ黒に見えますよ」
美容師さんがそう言って、鏡に写る自分を見ると、ただの黒髪ショートであった。お礼を言って会計し、店のドアを開けて外に出る。
多分、私は今、黒髪に混ざってうっすら赤い。まだ見てもいないけど、ニマニマして一歩踏み出した。
最後に、『こんなに暗そうなのに友達大勢いるの!?』と言うギャップは不要なので、持ってません。これで満足。
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