鈍-nibi-④【連続短編小説】
※前回の「鈍-nibi-③」はこちらから
僕は、彼女の妹を抱く。
いつかどこかのタイミングで妹の彼女への好きが変わることのないよう、僕はそのつなぎ役をしているのだ。
それは僕の愛する、彼女と妹の綺麗な姉妹愛のためであり、僕自身の『好き』のためである。
ああ、生きていることは素晴らしい。
なんて思わずニヤツいていると彼女が顔をのぞき込んだ。
「何を嬉しそうに笑っているの」
「ああ、いや、うん。何でもないよ」
ごまかすでもないが、僕は目を背けた。しまった、これはあまり綺麗ではないな。
「変なのー」
彼女はそう言って台所に戻った。しばらくすると野菜を洗い出したのか、水が流れる音がした。
「ああ、そう言えばね」
次にはザクザクと葉物を切る音がする。リズムの良さに僕は耳を傾けた。
「籍を入れる前にリオと三人で旅行に行く話だけれど再来月末でどうかな。あの子の仕事も落ち着く頃って言ってたし」
「うん、その予定で大丈夫だよ」
「ありがとう。じゃあ明日帰った時に話しておくね。楽しみだなぁ」
野菜を切るのと同時に鍋に火をつけていたようで、ふわんとキムチスープのにおいがする。空腹が刺激されて妙に心地よい。
そして僕は思い出す。リオはキムチが嫌いと言っていた。漬け物なのに辛いと言うことがなんだかだまされた気がすると、眉間に軽く皺を寄せて言っていたのだった。その顔は、彼女によく似ていた。
その日は少し肌寒かったのを覚えている。確か雨も降っていたはずだ。僕と会うといつも少しだけ泣くリオの涙が雨に紛れていたのだ。そして温まりたいと言うので僕の部屋で風呂に入った。それでもまだ寒いと言うので温かいものでも食べようかと言うところから、話は鍋の話題になったのだった。
辛い漬け物で騙されたと言う彼女に、僕はかわいらしさを感じて少々笑った。辛い漬け物ならほかにもあるだろうと言うと、そう言うことではないらしい。アクセントに辛さがある漬け物と違い、キムチは辛さがメインであることが解せないらしい。
辛さがアクセントかメインかなんて、そんなこと感じることはあっても考えたことはない。これからも考えることはないだろうな。そう思って僕はもう面倒臭くなってしまい、リオにキスをしたのだった。
ぐつぐつと鍋の煮立つ音が聞こえ、さっきのキムチスープの香りに肉や野菜のにおいが混ざって香る。
「おなかが空いてきた。手伝うよ」
僕はソファから立ち上がり、台所にいる彼女の元に向かった。
台所で見る彼女の立ち姿は、確かにリオのそれと似ていて姉妹を感じさせた。
「ありがとう、りょうちゃん」
彼女がキムチを好きなのか嫌いなのか、僕は知らない。
続 -鈍-nibi-⑤【連続短編小説】- 10月3日 12時 更新
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