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0522_もしも

 口の中が鉄の味でいっぱいなのは1日分の鉄分入り飲むヨーグルトを飲んだからである。

 鉄が不足すると良くないと聞きた。特に女性の体は。飲みきって、鉄分が入り込んだことを味でもって実感しているが、浸透したかまではまだ分からない。

♪遅すぎることなんて本当は一つもありはしないのだ。なにするにせよ、思ったときがきっとふさわしい時♪

 私はこの歌詞を信じて、もう30年になるだろうか、好きなことを続けている。始めることの遅さではなく、私のこれが成功することの遅さを歌詞になぞっている。だから、私が好きなもので成功するのに遅すぎることなんてない、そう置き換えて歌う。そして私の好きなものがなにかなどはどうでもよく、私はまもなく50歳になるのだった。

 誰にも迷惑はかけていないだろうし、私は私でもう続けていないと私ではなくなる気がしているし、自分にとっての必要なものとなりつつあるけれど、これは実にならないだろうなと、もう50歳にもなれば何らかの勘が働くのだ。
 私は、別に大成しない。
 なんとなく、そう思う。仕方ない。
 成功するような人はきっと私よりももっと真剣に、もっと信念を持って取り組んでいるのだろう。
 だから私はきっとこのままだろうと思っている。

 いつものように私はメガネを外し、布団に入った。少しして、夫が隣の布団に入る。
 こうして、私の1日は遅くも早くもなく終わりを迎える。

「ねぇ」

 電気を消した夫が私に声を掛けた。はぁい、なんて気のない返事をする。

「もしも、お金だとか生活だとか何にも心配なく自由なことが出来るとしたら、君は何がしたい?」

 不意な質問に私は驚くが、さらに驚いたのは、次の瞬間に私の口から、つらつらつらと私のしたいことが流れるように出ていったことだ。
 1日中それをしていたい。もっとちゃんと学びたい。勉強をして完全に私の血肉にしたい。そのうえでその活動を一生続けていきたい。それで······。

 息が切れそうになるのはもう50歳だからだろうか。ひと通り、すべての希望を出し尽くしてやっと息を吐く。私の口から出ていったそれらは、全て私の続けてきた好きなことだけだった。

「それ、やらないと後悔するんだってさ」

 夫はそう言うと、おやすみとだけ言い、布団に肩をしまった。

 夫が何故私にだけそれを聞き、私だけが答えて眠りについたのかは知らない。
 けれど、私は後悔せずに生きようと思えた。とりあえず、明日は有給取ろうと思う。

 遅すぎることはないけど、早いに越したことはない。

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