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冬は灰色やうやう⑦【連続短編小説】

※前回の「冬は灰色やうやう⑥」はこちらから

    冷えずに暖かいのは、もう春になるからだ。

 3月も終わる。僕はまた失敗していた。また渡せずに会えなくなった、何度目かのトヨさん。

 最近見つけたクラブの店員が、虹を混ぜると灰色になると言った。
 どこかムキになって彼女はそれを言ったが、僕もまた少しだけムキになって言い返した。
    虹は、混ぜない。
 そんなことを考えながら意味もなく早足のまま歩いていると男性にぶつかった。ビー玉が転がる。トヨさんからもらった形見のビー玉。拾ってもらい、受け取る。空を見上げると曇り空が濃くなっていた。これじゃあ虹も何も見えない。

 僕はいつも失敗をする。よかれと思ってしたことが相手にとって迷惑になったり、だったら自分から動くのは止めようと思って相手の動きに合わせてみれば、今度は僕が合わなくなる。誰も僕ではないし、僕も誰かではないから仕方がないのかも知れないけれど、それでも僕は夢見てしまう。

 僕がぴたりとハマる誰かが欲しい。

 いつからだろうか、小さなころからそう思っていた。
 誰かだけの僕、僕だけの誰か。一方通行ではなく、相思相愛であること。別に恋人が欲しいわけではない。結果的に恋人であってもいいけれど、そうではないのだ。相思相愛と言いながらもこれは愛ではない。親はけれども確かにそう言う存在に近い。しかしそれは血縁があってのことだから、仕方なしの相思相愛でもあるのではないかと思う。合う人を見つけた!と言うよりは血縁だからそりゃ合うよねと言うどこか諦めのような。
 そうじゃない人が、僕はずっと欲しかった。
 それが多分、トヨさんなんだと思う。

 小学生の課外授業の一環で出会った『地域の高齢者』であるトヨさん。寡黙でどこか少し不機嫌にも見える彼女だった。課外授業にボランティアで志願してくれたはずなのに、僕らに会うことを特別喜んだりせず、それこそ仕方なしに応対してくれていたように思う。
    その不思議。
 彼女だったら、僕のそばにいて何を話すことなくただ時間を共にすることが出来るのではないかと淡く期待した。実際彼女と過ごした時間(同級生2人と共に)、なにもしないその空間が心地よく、僕は満足していた。何を話すわけでもなく、触れるわけでもなかったその時間。僕が息を吐き、それが混ざった空気を彼女が吸い込み吐き出す。僕はまたそれを吸って吐く。彼女が見たその先に僕がいて、僕の前にも彼女がいる。それだけを繰り返すその時間。僕は間違いなく高揚して生きていた。

 4度めに彼女と会ったその日、そのときに僕は確信した。この人こそが僕の求めている人だと。
 その日もまた僕にしたら充実した時間を過ごし、名残惜しむままに同級生とともに彼女の家を後にした。ふと忘れ物に気づく。その数日前、同じクラスの女の子にもらった虹色鉛筆を彼女の部屋に忘れたのだった。宿題のノートを鞄の中から取り出す際に一緒に出てきて転がった。それを取ろうと手を伸ばした時に僕は固まってしまった。視線の先にいるトヨさんが空を見上げていたのだ。いつも庭にばかり視線を当てる彼女だったが、その日はなぜか空を見上げた。いつもと代わり映えのしないその空を見上げ、どこか寂しげだったことを覚えている。      そして僕は転がった虹色鉛筆を忘れたのだった。

 時間になり、家を出てすぐにそれを忘れたことに気づいた僕は1人、彼女の家に戻った。        トヨさんは、空にビー玉を透かして見ていた。見上げたその顔は、どこか子供の様に幼く、うっすらと頬が赤らんでいる。彼女の不機嫌そうで寂しそうな顔ばかりを見ていた僕は、急に鼓動が高まっていた。
 彼女はとても美しかった。

                                                                             続         -冬は灰色やうやう⑧最終【連続短編小説】-
                                         次回:3月28日 12時 更新

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