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0703_冷めない

 湯気が立っている。

 蒸し暑い部屋の中で、ホットコーヒーのカップからモウモウと。たった今淹れたわけではないのに、熱が冷めないようだ。それに手を伸ばす、私の手のひらからも薄っすらと湯気が立つ。

 たった今、最愛だった男の頬を張った。

 それはそれはそれはバチン!と、痛そうな音を立て、私は私でその手のひらは痛くて熱い。けれど、キレイに入ったな、とも思った。
 浮気していた女に婚姻届を差し出したらしい。お笑いなことに、その女は私の同僚である。
 私は、本気では愛されていなかったと言うことだろうか。そう思うともう、やるせなさすぎて吐きそうだった。あろうことか、男は「本当にごめん、殴ってくれてかまわない」と言い腐った。
 だから殴った(正確には平手を打ったわけだが)。ただ、それだけ。不誠実を誠実に見せようとするその心根が憎たらしい。『本当に愛しているのはお前だけ』そんなことを言ってほしかったわけではないけど、私を本気ではなかったのだと、思わせないで欲しかった。

 たまらず張った平手は、その後すぐからジンジンと未だに痺れている。私は、いらない、とだけ男に伝えて、思いつく私の荷物を男の部屋からかき集め、自分の家に帰った。

 夜だというのにまだ蒸し暑いのだ。
 でも、クーラーも付けず、私はコーヒーを淹れた。カプセルをセットして、ボタンを押せばすぐに出来る。抽出中のジジジ、という音が私の涙を誘導した。

 コーヒーができてもしばらくは泣いていた。私の2年は何だったのか。けれど思えばここ半年の彼は私から少しずつ離れていたようにも思う。仕事終わりに、手を繋いで帰るその時の、手のひら同士の微妙な隙間が私を不安にさせていた。だから、分かっていたことだ。分かっていたことだけど、突きつけられて初めて、それは今日、私の現実になった。キレイにさよならを言えれば格好良かったのかもしれない。そのほうが、何年か後にいい女だったなとか、男の中の私の印象が出来るかもしれない。でもそうはできなかった。1番みっともなく、動物的に感情をむき出しにして、私は平手を張った。

 どれほど私が男を好きだったのか、その手に込めたとすればいいだろうか。
 ジンジンと痺れは無くならず、コーヒーはまだ熱く、冷めないでいる。


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