0218_悲しい
悲しいは、とても悲しい。自分が悲しんでいなくても悲しくなるから、私は大嫌いな感情だった。
「なんで君が泣くの」
彼が泣き笑いで言う。私は知らず涙を流していて、悲しいとも思っていないのに、悲しくなったのだった。よく分からないけれど涙が出たと言って、私もそっと泣き笑いをして見せたが、思ったよりも私は悲しみを抱いていたようで、声にならない。
暖かくして出てきたのに、首もとだけ無防備のためにそこに触れる冷たい風は悲しいし、それによってすくめる肩も悲しい。やり場の失くなった私の視線は暗くなった空を見上げ、そこに星も無く、また悲しい。
彼女にふられたのは彼なのに。そんなことを思っていると、私はなぜか彼の手に触れてみたくなった。
「手、触ってもいい?」
「うん」
彼は不思議そうに返事をして、私に右手を差し出してくれた。地面に向いたその手の平に、私の左手を下からピタリと合わせる。ぬるくて、ぺたりと少し湿っている。この手が、彼女に触れていたのだと思うと、そこにない彼女の熱を感じてまた悲しい。その熱がこれからきっとずっとこの手に戻ることはないのだと思うとやっぱり悲しい。私の手でなくても悲しい。悲しいから、もう一方の手を、彼の手の甲に重ねる。ごつごつとした骨が、私の手のひらの肉に埋め込まれるように、ぎゅっと押し付けた。
彼女の手が触れられないこの手は悲しいけれど、その手に触れた私の手は嬉しい。喜んでいるように思う。このままずっと私の手で挟んであげられたなら、いずれきっと私の熱に融けて一緒になって、それで。
「ごめんな、ありがとう。俺、もう行くわ」
さっと彼の手が引っ込み、私は自然、自分の手のひらを合わせることになった。私はそのまま、彼に笑いかけた。元気出してね、と世界中の誰もが言うような言葉を投げ、彼はそれを浅くキャッチし、またね、と言って背中を向けた。
私の手のひらは肉が薄いしカサカサとしていて、どこか冷たくさえ感じる。彼に懸命に熱を送ったからだろうか、それとももともとこんなものだっただろうか。
私は、彼が悲しいから悲しいのだと思っていたが、私も悲しくなった。
悲しいはやっぱり嫌い。
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