ブラジルのざっくりとした歴史

歴史と人種について!História e etnias!

ブラジル人っていうとネイマールみたいなちょっと肌が茶色っぽい人をイメージしたり、黒人が多いのかなみたいなイメージを持つ人が多いのかなと思うのですが(私も行く前はそう思っていました)、本当に色んな人種が混ざり合った国です。
私もブラジル人っぽい服(タンクトップとショートパンツとか)を着てブラジル人の流行りのメイクとかをしてれば(もしくはすっぴん)別に日本人だとは思われません。(日系人だと思われます)
日系人だから目が細いーとか、黒人だから足の裏が白いーみたいないじりはありますが、人種差別的な雰囲気は日常生活からはあまり感じないと私は思います。まあその地域に少ない人種の人が観光で出かけると狙われやすいとかはあるけれども。
私がいるのはサンパウロなので、写真の2枚目でいうと南東部です。今働いてる学校は元々は日系人のための学校なので、おばあちゃんが日系人とかな生徒が多いです。
他の国とかと全然違う移民政策の歴史があって面白いので興味ある人は読んでみてください。👇あーこうゆう政策が行われてたからこの地域ではこの人種が多くてこの産業が発達したんだなーってなります。

1500年にポルトガルに発見されて以来、多くのポルトガル人がブラジルに渡ったが、1551年まではポルトガル人の女性は渡らなかった為、原住民の女性とポルトガル人男性の混血化が進んだ。1570年に先住民奴隷の解放を行い、約300年間アフリカからの奴隷を輸入した結果、ネグロ(黒人)とブランコ(白人)の階層社会が生まれた。(1850年にイギリスのからの圧力によって奴隷貿易を禁止とした。)(北東部メイン)1822年にブラジルは独立し、ヨーロッパから白人の移民を開拓と労働を目的に積極的に受け入れた結果、白人混血者が増加した。(南部メイン)しかし1914年に第一次世界戦争が勃発し、ヨーロッパから移民を受け入れられなくなった為、日本からの移民も受け入れるようになった。 (南東部メイン)
ブラジルは奴隷制度の歴史を持ちながら、アメリカや南アメリカのように可視化できる人種差別法がなかったが故に人種差別も偏見もない国とされてきたが、実際はそれは人種偏見がないという偏見であり、1950年の社会的指標と他人種の関係の調査の結果、就労、教育のチャンスに白人が、他の人種に比べ、恵まれていることがわかった。1964年、ブラジルの左傾化を懸念した軍部が政権を掌握し、それ以降の国際調査の結果は公表されなかったが、1988年憲法が発布されると、人種差別や偏見を認め、マイノリティ住民の平等を実現しようとする動きがブラジルで具体的に進められるようになった。 多人種多民族によって形成された社会でありながら、ブラジルが自国の多文化性を認識するのは、ナショナリズムと人種民主主義から解放され、心象世界が拡大して、異なる人種や民族のあり方を受け入れることができるようになってからである。
今でも黒人の人を助けるような受験制度があったり、シリア難民やウクライナ難民を積極的に受け入れる姿勢があるみたいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?