「留学先で白人とデートする日本人女性をみると不甲斐なく感じる」日本人男性について。

こんにちは、あんなです。

ツイッターからXに変わり、今ではほとんど使うことがなくなったアプリですが、たまに開くと相変わらずひどい内容のツイートが散見されます。

今回は先日拝見したとあるツイートについて、書かせて頂こうと思います。
その問題のツイートは、以下のものです。


「カナダに留学に来てる多くの日本人女子たちが外国人男子にホイホイ釣られてる現実を目の当たりにし恥ずかしい話だけど正直なところ1人の日本人男子として不甲斐ないというか、何とも言えない気持ちになってるのと同時に、日本人男子が魅力的じゃないのも一つの原因として存在してるよなって思ってる。」

こちらのツイートに多くのコメントが寄せられていました。

私が最初に読んだときに思ったのは「そんなこといいから勉強に集中しなさいよ…」です。
本人のプロフィールによると、彼は32歳で語学習得のためにカナダに行ったようです。なぜ、キャリアを中断してまで決心した留学先で、赤の他人であるクラスメイトたちの恋愛事情を勝手に憂いているのかは、私は全く理解できません。

ツイートの問題点

ファーストリアクションはさておき、このツイートはいくつかの問題が交差しています。それによって、批判的であるという共通点はあるものの、異なる視点からの指摘が集まってきているのが、個人的に興味深いと思いました。

女性差別

まず、このツイートが特徴的なのが、「女性が自発的にデートの相手を選んでいる」のではなく、「釣られる」という言葉のチョイスをしているという点です。まるで「騙されている」とでも言わんような言葉ですね。

女性のセクシャルオートノミー(性の自己決定権)がないものとされてしまっています。
女性がセクシャルパートナーを選ぶとき、必ずしも長期的な関係性を求めているとは限りません。いわゆる一夜限りの相手や、セックスフレンドを求めて、自発的にそのような関係性を探求している女性もいます。それなのに、女性が「正式なお付き合いをする相手」以外と性的関係になることが、可能性として想定されていないのは、彼女たちの性的自己決定権がないものとしているが故です。男性が彼女たちを「釣っている」のではなく、彼女たちが男性を「釣っている」可能性の認識がゼロです。

彼女たちの「性」は彼女たちのものであって、男性が管理・決定するものではありません。
それを、全く関係ないクラスメイトの選択をみて「釣られてる」と書くのは、女性差別的です。彼は社会人経験を経てから留学していることから、クラスメイトの女性たちの多くが彼よりもだいぶ年下であることを想定すると、さらにそのパターナリズムの気持ち悪さが際立ちます。

有害なナショナリズム

この女性差別と交差しているのが、彼のなかの有害なナショナリズムです。
(ナショナリズムは全て有害では?というご指摘もあるかと思いますが、ここでは一旦避けますね!)

クラスメイトの女性たちとの関係性は、「たまたま出身国が同じで、留学先が一緒になった他人」でしかありません。その他人が、好き好んでデートしている光景を見ただけで、それを「日本人男子として不甲斐ない」とナショナルアイデンティティが出てきてしまうのは、有害なナショナリズムの表れであると考えます。

戦争では必ず女性へのレイプが起きます。これはなぜか。
それは性欲が原因ではなく、支配のためです。

非戦禍のレイプも、性欲ではなく個々人の支配欲・加害欲によるものですが、戦争時にはこれにナショナルアイデンティティが加わります。相手国の女性(相手国の所有物)をレイプすることによって、自分の国の優位性をアピールするための道具としてそれを活用します。

「自分の国の女性が海外の男性とセックスする」ことに対して嫌悪感を抱くのは、この戦争時の感覚の延長線上にあります。「日本人女性」は「日本人男性の所有物」であるという感覚があるために、外国人男性と性的関係になった場合に違和感・嫌悪感を抱くのです。
逆にいえば、日本人男性が外国の女性と性的関係になった場合、しばしば賞賛されることまであります。これは外国の女性(所有物)を支配したことに対する讃える行為です。

人種差別

繰り返しますが、女性には性の自己決定権があり、同意がある成人同士であれば、誰と関係性を持とうと他者が口出しする権限はありません。

上記の有害なナショナリズムと関連しているのが、このツイートの人種差別です。

ただ個々人がが同意のもと行なっている行動に、「人種」という概念が生まれてしまうのは、人種差別の表れです。

彼女たちは相手が「外国人」だからデートしているのでしょうか?
中には(後述の通り)、外国人に対して有害なフェチズムを抱き(これも人種差別)、意図的にその人種を選んでいる人もいるでしょう。その可能性は否定しません。

しかし、それは外からは知る由もありません。
ただ一緒に話をしていて楽しかったのかもしれない。同じ趣味があったのかもしれない。授業のわからない部分を教えてくれる優しい人だったのかもしれない。心地よい雰囲気を持つ相手だったのかも知れない。

相手を選ぶ理由は様々であろうに、そこに勝手に「人種」というカテゴリーを設けて、「外国人を選んでいるのだろう」と勝手な憶測でものを言うのは、過剰意識であり人種差別的です。

内在化されたアジア人差別(白人至上主義)

差別心とは、必ずしも自分と異なるグループに向けられるとは限りません。
女性差別的な女性もいれば、アジア人差別的なアジア人もいます。

このツイート当事者は、有害なナショナリズムに加えて、アジア人差別も内在化しているように読めます。

「日本人男子が魅力的じゃない」という部分について、何ら説明がありません。
(個人がモテない理由を人種に紐付けて主語が拡大している可能性についてはここでは言及しません。)

事実、世界にはアジア人差別が存在します。
日本ルーツを持ちながらアメリカで幼少期を過ごした私自身、数えきれないほどの人種差別を受けてきました。

中でも、アジア人男性に対する差別の一つとして、「男らしくない」「性的な相手として満足できない(性器が小さい)」というステレオタイプがあります。これによって、アジア人男性が恋愛対象として見られないという人種差別は実在します。

もちろん、これらは差別的なステレオタイプであって、事実とは異なります。加えて、BLMから派生したコロナ禍のAsian Lives Matterの動きによって、迅速にこの認識に変化が起きており、私が幼いころに比べてだいぶ状況は改善しています。

ただ、このツイートを読むに、彼が「日本人男性が魅力的じゃない」と書いているのは、日本人女性相手、つまりこの西洋のステレオタイプを内在化していない人がほとんどなはずです。つまり、彼女たちは彼を含む日本人男性のクラスメイトを「日本人だから選ばない」のではなくシンプルに人として選んでいないのです。(外国人に対するフェチズムについては後述)

性的決定権にもつながりますが、個人として、性的な相手として好ましいと思ったのが、ツイート主とは別のクラスメイトで、その人はたまたま外国人だった、という状況です。その理由づけとして「日本人男性が魅力的じゃないから」という結論に至るのは、本人の内在化されたアジア人(日本人)差別または白人至上主義(日本人より白人の方が魅力的だと思っている)が故です。

白人至上主義・外国人フェチは存在しないか?

ここまでは当該ツイートの問題点について書いてきました。ここからは、では実際に日本人が外国人、特に白人を人種をもとに絶対に選んでいないといえるのか?について書かせていただきたいと思います。

これは、アメリカに長らく住んでいた日本ルーツを持つ者として、いろいろな感情が湧き上がるトピックです。

ここまで書いてきたように、女性には、全ての人同様に性的自己決定権があります。
誰とどのような関係になろうが、お互いが成人であって同意があれば、他者が何かを言うことはできません。

ですが、これまで見てきた光景として、事実、外国人とその人種を目当てに性的関係に至る人はたくさんいます。これはフェチズムです。

ここではなぜかヘテロ女性だけが問題視されていますが、私がアメリカに住んでいた頃、「白人の女と寝たい」と言う日本人男性に何人も遭遇しています。「どうやったら白人を落とせる?」などと聞いてくる人もしばしばいました。(これは先ほどの有害なナショナリズムにもつながりますね)

そしてその逆である、外国人男性を目掛けて、人種をもとに相手を選ぶ日本人女性もたくさんいました。「〇〇人と付き合いたい」というフェチズムも、人種差別の表れです。

もちろん、属する文化圏によって、宗教や生活習慣など、異なる価値観の中で育っていくということは否定しません。自分と似た価値観や信仰、生活習慣を共有できる相手が、必ずしも同じ国の出身者、同じ人種だとは限らないでしょう。しかし、それは結果論であるはずで、初めから「〇〇人がいい」とするのはフェチズムであって、決して誉められた行為ではありません。

私自身、これまで「日本人女性」として「ハーフ女性」として、フェチ化されてきました。それは、私という個人を軽蔑する最低な行為です。今でこそ経験を積み、個人として見てくれているのか、フェチの対象としているのか判別が付くようになりましたが、若い頃、特に自分に自信がもてない時は必ずしもそれが判別できなかったし、その問題性についても認識できていませんでした。

ですが、そのような表層上の「フェチ」により、万が一子どもができた場合、つまりその子はミックスルーツを持ち、いわゆる「ハーフ」になります。その意味を深く考えずに子を作ってしまった家族のもと、多くのミックス当事者が苦しんでいるということは、これまで何度も指摘してきました。この外国人フェチの中に「ハーフの子どもがほしい!」と、アクセサリーとしてミックスの子をわざと作る方も含まれます。この話題がなぜ私にとって重大なものなのか、お分かりになるかと思います。

ツイートをした彼が言っている光景は、私も目に浮かぶのです。
しかし、当該ツイートもそうであるように、人種をもとにしたフェチズム(=人種差別)への批判にはつながらず、ただの女性差別ツイートで終わってしまうことが大半です。そして先ほども書いたように、同じように外国人女性をフェチ化する男性について、または同性のフェチ化については批判が向けられません。

「人種を選ぶのは好みだ」と主張する人もいるでしょうが、「人種を好み」と主張するのは人種差別である、という指摘を皆さまと共有したいです。別の話題になってしまうので、あまり深くは書きませんが、これまでの「美のスタンダード」は白人を元に作られており、植民地主義と深い関わりを持ちます。植民地化されてきた地域の人々は、これまでそのスタンダードから外されてきました。逆に、人種的マイノリティの女性を超性的であるというステレオタイプを作り上げ、日本を含む様々な人種の女性たちがその性的眼差しを向けられるという被害もあります。その感覚は今もなお生きており、人種のフェチズムをただの好みと矮小化するのは、この負の価値観を助長するだけです。

人種で人を選ぶのではなく、その人自身を見つめられているか。
一度自問自答してみていただきたいです。

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