1/2洗濯したことにする

ウェス・アンダーソンの『フレンチ・ディスパッチ』を観ることにしたが、どの街で観ようか決めかねており、五反田駅の山手線ホームでしばらく立ち往生する。路線図を眺めていると、新宿と有楽町はあまり違わない距離にあるらしく、ふだんとは反対の内回りに乗る。日比谷通り沿いにある、丸の内二重橋ビルのタリーズに入って本を読んでいると、イヤホンのケースがない。お昼に寄ったつけ麺屋さんに電話して探してもらったが、ないらしい(お店の隅々まで探した、とのことだった)。土曜日の丸の内仲通りはマンボウを差し引いても人気が少なく、山手線西側で人混みとその飛沫にまみれて休日を過ごしているのがあほらしくなる。イトシア地下の喫茶店で、昨晩眠くなって途中までになっていた『ドライブ・マイ・カー』を観終えて、劇中の手話を反芻しながら地上に出ると雨が降っていた。マツモトキヨシで650円のビニール傘を買う。家に帰って濱口竜介監督の『PASSION』を観た。これで9回目か10回目になる。シネフィルの知人は「29歳であまりにも人生を達観している」と言っていたがほんとうにそうだ。

井荻から、西武新宿線と山手線を乗り継いで帰る。五反田の西側はエロく閑静な街である。桜田通り沿いのなか卯に入る。親子丼を注文して窓側の席につくと、タッチパネルが「テイクアウトのみ」に切り替わっている。サラリーマンが入ってきてすぐ出ていく。この店にビニール傘を置き忘れた。有楽町で買った傘だった。

脱ペットボトルで350mlの110円の水しか置いていない自販機を個人的に「新人世の自販機」と読んでいる。

祝日。8時に目が覚める。予定がないので、朝から五反田をぶらぶらする。ホテルの看板が並ぶ花房山通りを歩いていると、建物から出てくる人とこの時間でもまあまあすれ違う。西側のロータリーにある喫茶店に入る。奥の広々としたスペースまでの導線上の席に通されたので(しかも、前のお客さんのお冷を店員さんがこぼしてしまい、いちおう拭きとってはくれたものの「すぐ乾くからまあいいか」とつぶやいていた。前の人が口をつけた水がテーブルいっぱいに広がっているのだからとんでもないことだが、拭きとってくれたのでなにも言わなかった)、社員証をぶら下げているくせにマスクをしないで電話する男の飛沫などを気にかけて過ごすはめになる。駅ビルの無印でカバンを買おうとしたが置いていない。日が沈む前に家に帰ったのはいつぶりだろう。この日は気分の浮き沈みがほとんどない珍しい日だった。

ペチカフェスの1日目。はりきっていたので9時過ぎには下北沢に着いており、駅前のファミリーマートでエントリー料をおろし、東北沢まで続く遊歩道を散歩する。喫茶店のテラス席で携帯も見ずに頭のなかでシュミレーションをしている男がいた。ハマグリさんと、ネタ合わせのためにASIANに入る。自主映画の撮影で使ったことのある部屋に案内された(窓の向きで覚えていた)。山崎貴と大阪都構想を揶揄したくだりがあまりうけなかったので、それなら「維新」や「パソナ」の名前を出せばよかったと後悔する。昼過ぎには出番を終えて、新代田まで歩いて都バスに乗る。乗換案内に慣れてしまうと、東京を「縦」に移動する体験がおろそかになりがちなので、最近は意識してバスを使うようにしている。ハバネロ胡椒さんの生配信を聞いてお邪魔すればよかったと思う。東高円寺近辺の停留所で降りて(知人の卒業制作を手伝いに、この近くの女子美大の屋上でカメラを回したことを思い出して勝手に干渉に浸る)、青梅街道、中野通りを歩いて中野へ。中野にはちょうどよく時間を潰せる喫茶店がないしあっても混んでいるし、小劇場などの「アジール」を除くと老人しかいないので住むところではないと来るたびに感じる。ルノワールで本を読んだり次の日の準備をしたりしていると、昨日の洗濯物に洗剤を入れ忘れた気が急にしてくる。洗剤でベタベタした手を洗った感触が残っているので、ふだんであれば「入れた」としてよいのだけれど、厄介なことに、一昨日も洗濯していたので、その感触がどちらのものかがはっきりしないのである。しかも、「昨日の洗濯で(んみ)洗剤を入れ忘れた」可能性だけでなく「一昨日の洗濯で(のみ)洗剤を入れ忘れた」可能性が出てきたことが厄介だ。ルノワールで検討して整理したところ、次のような結論が出る。つまり、洗剤を入れたかどうかが定かでない以上、それぞれの洗濯で洗剤を入れる確率を1/2、入れ忘れた確率を1/2として、期待値として1/2洗濯したことにするのである。そうすることで、昨日の洗濯と一昨日の洗濯を独立したものとして考えることができるだけでなく、一回一回の洗濯を、洗剤を入れたか入れ忘れたかの二者択一ではなく、「量」の問題として引き受けられるのである。TIGETのメールを読み返して、グレイモヤβの会場が中野ではなく野方だったと気づく(「中野区野方」の文言が「中野」に見えていた)。さいわい一本で行けるバスがあったので「03」の停留所で17時53分の便を待つことにしたが、新代田から環七を北上してたぶん直接行けたはずだったので今度はそうしよう。以前から気になっていた鳥山明・暗を初めて観る。いつかグレイモヤBに呼ばれてそれがきっかけで職場に知られるところになったらそれはそれで本望だ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?