僕にとって働くとは
みなさん、ご機嫌いかがですか?
後藤大樹です。今回もよろしくお願いします。
今回は”僕にとって『働く』とは”
についてnoteを書いていきます。
社会人になって避けては通れない『働く』ということ。
呼吸をするようにしている『働く』について考えたことはありますか?
なぜ今の仕事で働いているのかを考えたことはありますか?
早速本題にいきたいと思います。
結論、僕にとって『働く』とは
−を±0に変化させること、そしてさらなる+への希望を持ってもらうこと
つまり
+の方向へ影響を与え、(自分も人も)変化させること
だと思っています。
1.そもそも『働く』って何?
働くについて調べてみました。
働くの語源は
「はためく」と同じく「はた」という擬態語の動詞化と考えられていて、本来は止まっていたものが急に動かすことを表し、そこから体を動かす意味となったそうです。
労働の意味で用いられるのは鎌倉時代からで、この意味を表すために「人」と「動」を合わせて「働」という国字が作られたそうです。
また、働くの意味は
目的にかなう結果を生ずる行為、作用する、仕事をする。
この語源や意味からも分かる通り、大半の方は目的(生活のためのお金)のためというかもしれません。
僕もこれがなければ仕事ができません。
ですが、生活のために労働しているだけなのであれば、鎌倉時代の人と変わりはなく、退屈ではないですか?
社会人なりたての僕は正にその状態でした。
仕事をこなし自分の時間はほとんどない、なのに贅沢ができるお金はそんなにない。ぎりぎりの生活で退屈しきっていました。
2.仕事で感じた『働く』とは
仕事をしていくにつれて、僕は働く意味に気づく機会がありました。
僕は理学療法士(PT)をしています。
分かりやすくいうと動作の専門家です。
基本動作能力(座る、立つ、歩く)の回復や維持を目的にリハビリをする人です。
脳卒中(脳卒中とは脳の血管が破れるか詰まるかして、脳に血液が届かなくなり、脳の神経細胞が障害される病気)で障害を受けた部位によって症状は様々ですが、半身が動かしにくくなってしまったり、体が動揺して上手に動かせなくなったり、皮膚の感覚が無くなったり声が出せなくなったり、何を話しているか理解できなくなったりしてしまった方や、股関節の大きな骨を骨折してうまく歩けなくなった方だったりする方に今までの生活ができるようになるお手伝いをする仕事です。
”−を±0に変化させること”というのはこの仕事をしているのでより感じやすかったのかもしれません。
病院に入院される方は必ず病気や怪我という−の変化を経験します。
その変化で今までできていたことができなくなったり、しづらくなります。
「元に戻るぞ」とやる気まんまんの人もいますが、必ずしも+に働くとは限りません。
脳卒中の方は
動きにくくなってしまった半身を無理やり動かそうとするあまり体に力が入りすぎてしまい、麻痺した手足が余計動かしにくくなってしまったりします。
股関節の大きな骨を骨折してしまった人は、
手術で傷ついた筋肉が筋力がつく前に歩く練習をしすぎて健康な方の膝を痛めてしまったりします。
そんな方々に動かしやすい体の使い方、的確な筋力トレーニングをお伝えする必要があります。
良かれと思ったことがより−につながることもあります。
その負のループを断ち、元の体の使い方に変化させていくことが僕に課せられたミッションです。
現状に絶望しやる気が出ず未来のことを考えることができなくなってしまう人もいます。
そんな時は関節や筋に触れ、その人がしない動き、刺激を加えることで体が動くようになったりします。
些細な変化でもできるという経験で希望を見出しリハビリに前向きになってもらうこと、未来に目を向けるようになることが僕に課せられたミッションです。
病院で働いているPTは退院までしかその人を見ることができません。
PTにとっては退院はゴールかもしれません。
ですが、患者さんにとって退院はゴールでなくスタートなのです。
PTが提供するリハビリで−から±0に近い状態にすることが最低限の働く意味で、退院してから〜がしたいなと+な発言、希望を口されるようになり目に輝きが戻った時が最大の働く意味なんだと思います。
3.『働く』とは、+の方向へ常に変化し続けること
僕が感じた『働く』とはPTだけでなく、すべての仕事に通ずるものだと僕は思っています。
なぜなら、今の会社にいるのは会社の−の状態を変化させるために必要とされているからだからです。
ただ、仕事をこなしているだけなら、会社の限りなく±0に近い状態を維持するために存在しているだけになります。
分かりやすく言うと、
水中にいる人を溺れさせないように支えているだけです。
ずっと支えているだけの状態はしんどくて長続きできないですよね。
そのために変化すること、
PTで言うなら目の前の患者さんを良くするために知識をつける、技術を磨くことが自分も患者さんに+の変化を与えることができ、さらなる希望、目的が生まれて前進することができますよね。
コンビニで働いている人やレストランで働いている人で言えばお客様の−の欲しいという枯渇している状態を商品を提供することで±0の状態にすることが最低限。でも接客が無愛想だったりしたらせっかく±0状態が−状態になってしまいます。接客での笑顔、言葉遣いなどもっと磨けるところはありますし、その笑顔で1日が+になる人がいるかもしれませんよね。
悩んでいたことを解決することは最低限の『働く』
±0から+に変化を与え人を動かすことが本当の『働く』なんだと思います。
笑顔も誰かの+になれば『働く』だと思います。
普段使っている言葉でも誰かの機嫌が良くなれば『働く』だと思います。
そう考えたら人を+にすることなんて無限大に出てきそうですね。
僕の行為が目的にかなう結果を生ずる行為以上のものになるように、受け身でいるのではなく、常に攻めの姿勢で、常に+の変化を加え続けることで、関わる人は−から必ず±0になります。
それではまだ足りないと貪欲に人に影響を与えられる人間でありたいなと感じる今日この頃です。
見ていただいてありがとうございました。
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