見出し画像

【飛び入り参加】リメンバー・サンタクロウス  #パルプアドベントカレンダー2020

 しんしんと降り積もる雪の静謐に包まれて、敵の侵攻は行われた。
 その冬のクリスマス、偽のサンタクロース集団が大量発生したのだ。人々は老若男女を問わず、望み通りのプレゼントを手に入れた。食べ物であれ、衣服であれ、ゲームであれ。人々は新たな救世主の登場に歓喜した。それはあまりに見事な浸透戦術だった。

 年が明けて新たなニュースが報じられた時、さすがに人々はフェイクだと思った。『以降クリスマスは月イチに拡張される』───その宣言通り、1月25日はクリスマスになった。地球人類は熱狂した。誰よりも素敵なプレゼントを受け取ろうと、あの手この手で願いを望んだ。5月頃には誰も飢える事がなくなり、気づけば貧富の差はほとんど解消されていた。

 敵からの贈り物は魅力的で、地球人の欲求は次第にエスカレートした。家財、恋人、有人ドローン。巷ではプレゼントの奪い合いも始まった。各国政府はギフト禁止令を発したが効果はなく、事態収拾を求めた人々は逆にクリスマスの週イチ化を願った。9月頃それは叶えられた。ここに至り、想像力のある人はゾッとした。遠からず暦は連日クリスマスとなるだろう。ではその先は? 際限なく贈り物に満たされ、享楽と内乱に明け暮れる事になるのではないか?

 ついに地球人類は連合し、フェイクサンタ根絶作戦を開始した。曰く「彼らの実力は本物に見えるが目下調査中であり、間違いなく人類社会の平和を脅かす毒である」と。しかし現有兵器では彼らを撃退できなかった。大量の兵員を投入して運よく倒せた場合でも、すぐに補充される。万やむを得ず核兵器も用いられたが、人々の願いによって爆発は阻止された。念のため軍首脳部は侵略者の壊滅を望んだが、当然のように叶えられなかった。もはや勝ち目はないと見た上級富裕層は、シェルターへと逃避し支配権を一旦手放した。一般人は欲求を刺激されつつ、地球規模の内乱へと突入するに至る。

***

「偽サンタからもらった武器で倒せばええんでないの?」
 俺はもしゃもしゃと和菓子をほおばった。
「それがまったく効かんのだ。敵は連中が不利になるような願いは叶えない」ため息まじりで頭を振る親父殿。「はぁァ、なぜそんなに呑気なのだ。人里は地獄ぞ、見て見ぬ振りか」

「親父殿、俺はもう内乱には飽きたぞ」
 熱い茶をすする。
「知ったような口を。お前は真っ先に逃げたくせに」
「週イチ化に反対したとき、誰も俺の言う事を聞いちゃくれんかったろう。家ン中の主導権までサンタに願って、家業をほっぽり出して争って……。あれを内乱と呼ばず何とする?」

 親父は耳を傾ける事もなく、奥の院を見つめている。
「お前、プレゼント大事にしまっとるそうな。何を持っとる、えっ、何ぞ役に立ちそうな物をためこんどりゃせんか」
「そんな物騒な物はひとつもないぞ。あれは黒餅を作るための品々じゃ。特別な臼もこさえた。うまいよ」
 皿を差し出す。しかし親父は顔を真っ赤にして払いのけた。
「馬鹿たれ! こげな人気のないもんばっかに精出しよってからに……ッ」

 どのみち売れ筋商品はぜんぶサンタが持ってくる。だったらせめて自分の良いと思う物を作るしかないんじゃないか。半年ほど前にさんざん口論した話題。もう言霊を絞り出す気も起こらなかった。
「こん親不孝もんめが!!」
 親父の決め台詞で交渉決裂。寒い中、人里へと降りていく背中を見送った。

 親不孝のフコウエモン。それが俺の通り名だ。親だけじゃなく、兄弟にも理解を得られず、協調性ゼロの嫌な奴。息の詰まった俺は、祖父の遺した山小屋に移り住んだ。家業の和菓子屋を勝手に引き継いだのは、やってみたい事があったからだ。古代黒米の呪術的魅力を持つとされる絶品黒餅レシピの再現。変人だと識別されるまでにさしたる時間はかからなかったが、なんの、それでいい。無粋なマウント合戦はもうコリゴリだし、時と精の無駄だ。


 聞けば人里の食卓は今や、丸太型のケーキが氾濫し、熱々のターキーが踊り、ラードの効いたフライドポテトにソースをからめたステーキの欠ける事はないと言う。スマートなコート、きらびやかなイルミ、無限のエナジー! かつてない繁栄がもたらされたのだ。

 一方、毎週訪れる偽サンタのおかげで、俺の黒餅はプロトタイプの域を越えていた。甘みの中にほのかな塩味、更にはビタミン・ミネラル・抗酸化作用の三種の滋味を備えている。いずれ毎日がクリスマスになるというなら、一日くらい和菓子で祝う日があってもいいだろう?

 ところが世間では、人よりも良いプレゼントが欲しいという欲求が強くなり、疑心暗鬼で足の引っ張り合いが激化した。最近はミミックめいたトラップギフトが流行している。過度のストレスにさらされた人類は、正常な機能を失いつつあった。サンタとは、サタンの誤りだろうか? 哲学者たちは考えを日々更新し啓蒙に励んだ。けれど折角の金言も争乱の中では聞き入れられず、街角では火種がくすぶり砲撃のやむ気配はなかった。平和も願われたはずだが、実施されなかった。有識者によれば、それが偽サンタの望みではないからだと言う。お説ごもっとも。

 それはともかく困ったことにインフラが停滞し、商品が宅配できなくなってしまった。だから余った臼を改良して、精度の高い迫撃砲を作った。各自宅にお届けできるやつだ。

 だが俺は知らなかったのだ。空に偽サンタたちがうようよ飛んでいるという事実を。開発に没頭しすぎて情報不足。黒餅は連中に奪われ、街には届かなかった。こうなったら自分で運ぶしかない。そう思って人里へ降りようとした途中、異変に気づいた。なにかが落下してくる。近寄ってみれば、赤い服に白ヒゲの巨体。次々と地面に落ちて穴をうがつ。戦車砲を食らっても倒れない奴らが、ジタバタと悶えている。どうして?
 その口から、黒い物がのぞいている。俺の黒餅だった。

***

“我ラ予期セザル人類ノ反撃ニ遭ウ!”
 浸透戦術300日目、太陽系第三惑星★侵攻統帥本部に衝撃が走った。これまで人類の発する対策をすべて無効化してきたが、ここに来て意想外の事態だ。実に不可解。侵攻軍はなぜ地獄の供物などを口にしたのか。黄泉竃食(よもつへぐい)はときに有効な戦術であるものの、本作戦にはそのような勇気を必要としない。統帥本部長は数多ある眼球のほとんどで白目をむいた。まさかこの後進惑星において、我らを忘我の境地へと至らす秘術があろうとは! 放置すれば必ずや統治上の問題になるだろう。

───恐るべきは地球人のクリエイティビティ……ッ!
 果てしなく欲求を満たし続けても、いかに精神を揺さぶり溶かしても、決して失われないインスピレーションの泉。やはり、その想像力は根こそぎ奪わねばならないのだ。統帥本部長はぬめぬめした首で持説に頷いた。
“危険物開発者ハ、「フコウエモン」ノ異名ヲ持ツ出雲三太郎。タカガ旧式臼砲ノ放ツ黒イ砲弾ハ、シカシ未知ナルCHARMヂカラヲ忍バセタル霊砲ナリ”
 幕僚のもたらした続報に対し、統帥本部長は命令を下す。
「かの臼砲に警戒しつつ、急ぎこれを確保せよ」

 彼は分析報告を読み返した。
 古代黒餅の呪力。そこに込められた願いは、家族内協和と異文化交易。侵攻軍は黒餅に魅入られて食し、人類への攻撃ができなくなった。
───かような心霊兵器の存在を本星に知らせて、主上の宸襟を悩ませてはならぬ。
 統帥本部長は外殻に覆われた内腕で報告を揉み消す。と同時に情報部の記憶領域にアクセス、統帥権に基づきこれを永劫機密とした。

 統帥本部長の思惑は逆心めいて不遜であった。例えそれが後に本星からの独立戦争へ至る発端になろうとも、今はまだ侵攻軍実行部隊の知る所ではなかった。フェイクサンタトルーパーズの間にシェアされたのは、三太黒臼砲の名を組み入れたスローガンだけである。

「「「リメンバー・サンタクロウス!!」」」

***

 この臼砲こそ、外宇宙侵略者のクリスマスエブリデイ計画をくじき、地球内乱を終結へと導く先触れとなったのだが、詳報は散逸し史料には残っていない。

(おわり)


これは、桃之字さん主催の【パルプアドベントカレンダー2020】の飛び入り参加作品です。


あとがき

パルプアドベントが楽しそうでしたので、飛び入り参加してみました。
ここまでお読みいただいて、ありがとうございます!

この話の発端は、軍事用語の読み間違いです。
ある日、臼砲をウスホウと読んだら「キュウホウだよ」と突っ込まれて恥ずかしい思いをした記憶があります。歴史モノを追っているとそんな間違いは日常茶飯事なのですが、なんとなくその時は「いやでも、ウスホウって臼っぽくてカワイイし、そう読んだ時もあるのでは?」と怪しげな事を考え、今回の土台になりました。サンタのクロウス、かわいいですね。

それでは、メリークリスマス!!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?