IKESU
「潮見ちゃん、こっちこっち」
マスク姿の検死官が、ブルーシートの合間から手を振っている。
ホトケは濡れたタブレットに突っ伏していた。最近、ネットの最中に死ぬ者が増えている。拙僧は合掌して現場検証に加わり、アスファルト上の被害者をあらためた。
「これ見て、潮見ちゃん」
検死官がホトケの下半身を指差した。
「脚のうっ血がひどいし長時間座ってたんだろうね。あと存命中に失禁」
「またか」
拙僧は死体の隣でZAZENを組んだ。
「ハラギャティボジソワカ」
念仏を唱えながら、ホトケの脳神経プラグにケーブルをつなぐ。周囲の喧騒が消えて記憶領域にダイブ。ホトケに残留するかすかな欲念を頼りに、性癖と思想を探る。拙僧はブッダの教えを修めた刑事として、ホトケの記憶を汲み取るのが生業だ。
やはりTRPGの痕跡。それを結ぶシナプスが消える前に細い糸をたどっていく───浮かび上がったのは、血の臭いを漂わす鬼ガツオの紋章。当たりか?
そのとき、頭の中にしわがれ声が響いた。
『ご明察、よく来てくれたのう。今回のシナリオはこれじゃ』
ホトケの念が断片的に街の景色を映し出し、その声をゲームマスターだと識別する。MASTER BONITO、姿は見えない。
『お主は交差点に立っておる。人々はお主の様子をいぶかしんどるぞ』
であろうな。いつの間にか、拙僧の右腕は立派な伊勢エビの頭になっていた。
『誰かが声をかけてくるぞい』
「あら、良いお出汁が取れそうですわね」
不意に現れた女が、言うや否や包丁をふりかざしてきた。
奮っ!
咄嗟に拙僧はエビで打ち据え(判定は成功)、女の額からは黒い液体が飛び散った。醤油と磯の香りが拙僧の右腕から立ちのぼる。
周囲の視線が仄かに熱を帯びた。
───奇怪な。すでにして女犯。さらにはナマグサ坊主にされてしまうというのか!
『ほっほっ。さあ100面ダイスで旨味チェックじゃ。成功すればお主の旨味が見事アップ、皆の食欲が増し増しじゃ!』
【続く】
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