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【江戸川乱歩『人間椅子』】ぞわりとふるわせる。

江戸川乱歩『人間椅子』

山口静花 評

※本作は重大なネタバレを含みます。ご了承ください。


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非常に巧い。巧みな短編だと思います。
読み返すのは2回目ですが、それであっても衝撃を受けることができる。
奥様、という入りで始まる奇妙な手紙は、だんだんと不穏を呼び起こし、読者を引き込んでいきます。
今作の中で、わたしが特に印象に残ったのは、「、」の使い方です。
今作は特に、これがよく使われている。
重厚な、そしてゆっくりとした空気感を漂わせるためなのか、しきりに区切りをつけて、物語は進んでいきます。
ストーリー単体でももちろん、ぞわっとした悪寒のようなものを感じることができますが、文体を見てみるのもまた面白いものです。
どこか夢見がちな手紙の書き手の描写力は、世界を緻密に練り上げているかのような精巧さを感じさせます。
今作の面白いところの一つとして、ストーリーについて無視はできないでしょう。
椅子の中に入って暮らす、そして椅子を通して伝わってくる人のぬくもりに恋し、そして愛する、ということのなんとも言い難い気持ち悪さ、気色悪さ、この発想にまず唸りました。
何がどうなったら考えつくんだ……という乱歩節とも言えそうなこの異質のストーリーは何にも変えがたい大きな魅力であると感じます。
そしてラスト、手紙を送った主の椅子に潜んでいたかもしれない、ということの怖さと言ったら!
最後にこれはフィクションです、小説です、と追加の手紙が送られてくるわけですが、ここはさまざまな解釈を生むラストシーンになっていると思います。
わたしの解釈としては、これは実際に椅子の中で暮らしていた、と考える方が面白いのではないかと思います。
それほどまでに鬼気迫るものがあり、恍惚があり、とても想像の上で書いたとは思えないのです。
そして、おそらく実際に、手紙の受け取り手のもとには、それに該当するような椅子がある……。
だからこそ、心を乱し動揺したのではないかと取れるのではないかと思うのです。

今作はストーリー重視で読む人はもちろん、文体にこだわりを持つ人間にも十分に楽しむことのできる、なんとも器用な短編です。
この両立は非常に難しい。自分が文章を書くからこそ、感じる点でもあります。
今作を読んで、よし批評してやるぞ、と意気込んでみても、思わず引き込まれてしまい作品世界の中に埋め込まれてしまう魔力のある作品なのです。

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批評は以上となります。
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