三題噺「いちごパフェ」「円卓」「天上天下唯我独尊」

「円卓とは矛盾の塊だと思わないか。」

ああ、先輩がまた変なことを言い出した。

うだるような夏の暑い日、喫茶店で僕と先輩は集まっていた。秋にある文化祭の出し物の相談をしようと持ち掛けられたのだが、席に着いて注文を取られるやいなや先輩は語り始めた。

彼女は両肘を付いて腕を組み、組んだ腕に顎を載せ、真理(のようなもの)を見つけた自分にすっかり酔い痴れている、こうなってしまうと先輩は自分の考えを述べ終わるまで演説を止めない。僕は諦めて肩を竦めた。

「そもそも君、円卓とは何か知っているかい?」

先輩は机の縁を指先でつつ、となぞりながら僕に問いかける。言い忘れていたが、この喫茶店は店内に円形のテーブルがまばらにある。空間を効率よく使うのではなく、レトロな趣を感じてもらおうという姿勢だそうだ。

こういうこだわりの強い店には、先輩のようなクセがある人間が惹かれやすい。クセの強い人間は、端から見ていたら面白いが、こうやって対面すると気疲れしてしまう。特に、日差しが照り付ける今日のような日は。僕は思わずため息をついてしまった。

その溜息を回答と受け取ったのか、先輩はつらつらと話し続ける。

「円卓とは、イギリスのアーサー王が使った物だ。見ての通り丸い机に椅子を円形に配置しており、そこには上座下座の区分がない。要するに、アーサー王の部下である円卓の騎士たちも、ここに座れば立場は平等、忌憚のない意見を言い合える絶好の討論所というわけだ。」

「先輩、円卓は矛盾の塊だなんて罵る割には褒めますね。」

僕が言葉で小突くと、先輩は待っていましたとばかりに指を振る。

「そう、だが円卓はその在り方に致命的な矛盾を抱えているんだよ。」

ここで店員さんがいちごパフェを持ってくる。先輩のいちごパフェは店内で一番グレードが上のスペシャルいちごパフェ(税込:2,500円)、僕のいちごパフェは店内で一番グレードが低いシンプルいちごパフェ(税込:800円)である。

先輩は上級生だけあって実にお金持ちだ。バイトを複数掛け持ちしているというが、どんなバイトをしているかは全く教えてくれない。まさか人に言えないバイトをしているのだろうか。……まあ、年下の後輩を呼び出してオリジナルの言説を吹聴し始めるのがライフワークの彼女には、"悪い仕事"は無理だろう。

何にせよ、僕もいつかスペシャルパフェが食べられるくらい金満の身になりたいものだ。物欲しそうな表情を髪を整えて誤魔化す。

店員さんが僕たちの声が聞こえない場所まで下がったのを見て、僕は聞き返した。

「致命的な矛盾って何ですか?一見合理的なシステムのように見えますけどね。」

これは本心だ。今よりも身分制度がしっかりしていた時代に、アーサー王に従う立場の者と自由に意見を交わらせる場所があるというのは、革新的ではないだろうか。

「気付かないか、円卓の在り方は平等ではないんだよ。むしろエゴの押しつけだ。」

「平等であるための円卓が、平等ではない。これは大した矛盾ですね。」

先輩は、山盛りに乗ったクリームが暑さで溶けることを心配しているのか、返答中も目線は少しずつ形を崩していくクリームを追っている。食べ始めればいいのに。

「アーサー王からすれば平等だ、実にね。だが、召し上げられた騎士たちは大迷惑だ、という話さ。」

そこまで言うと、先輩はパフェを一口食べた。天上天下唯我独尊を地で行く先輩ですら、溶け行くクリームへの焦燥には勝てなかったようだ。クリームを咀嚼、嚥下した後、笑顔を浮かべる。それから先輩は再び演説モードに入った。食べるか話すかどっちかにして欲しい。

「いいかい、騎士たちは円卓の場では平等だ。誰がどんな意見を言ってもいいし、内容次第ではアーサー王に逆らっても咎められないだろう。騎士の言葉が新しい方針になることもあったかもしれない。」

この辺りで僕もパフェを食べだす。先輩のスペシャルパフェと違って、僕の一般パフェはアイスが器から飛び出す心配がない。

「だが、円卓の騎士たちは平等であっても保護対象ではない。円卓会議中の彼らの言葉には常に責任が付きまとう。本来はアーサー王が負うべきだったはずの責任も、円卓会議という特殊な場であるならば、騎士たち全員が背負わなければならないのだ。」

スプーンで僕を指した後、再び先輩はパフェを掘削する。お行儀が悪い。

「全治の存在たる王は責任と引き換えに地位を得る、騎士はアーサー王ほどの地位はないが、その分責任も少ない。」

「先輩が何を言いたいのか、いまいちわかりません。僕にもわかりやすいように説明してください。」

先輩はなおも器から零れ落ちようとするアイスクリームをスプーンで成型して、なんとか延命措置をしようとしている。子供の砂遊びの現場を見ているみたいだ。なんとか危機を逃れたのか、先輩はほっと胸を撫で下ろして口を開いた。

「もし、円卓会議で騎士の誰かが出した方針が失敗した。そうしたら責められるのは誰だ?」

「え、それは……発案者、ですかね?」

先輩は大仰に手をたたく、子供を相手にしているつもりなんだろうか。

「実にその通りだ、では、逆に騎士の誰かが出した方針が成功した。そうしたら称えられるのは誰だ?」

「え、それは、発案者……」

途中で気づいたように言葉を切った僕に先輩はにっこりと笑う。まるで悪戯が成功した子供のような表情だ。

「発案者と"下の意見を聞き入れた偉大なアーサー王"が称えられるのさ。もちろん、失敗した場合にアーサー王を責める者もいるだろうが、失敗案を出した部下を庇うポーズでも見せてやればむしろ王の株は上がる。アーサー王にとって円卓で決めごとをすることは、九分九厘勝てるじゃんけんに挑むようなモノだったろうね。」

少し納得させられてしまった自分が悔しい。僕は自分のパフェを頬張って冷静さを取り戻す。前を見ると、もう議論は終わりだと言わんばかりに、先輩はスペシャルパフェを掘り進めていく。

「なるほど、同じ円卓の上にあっても完全に平等ではないんですね。」

「それが円卓の矛盾だよ、平等を謳って作られた円卓でも、完全なる平等を再現することは出来ていない。むしろ、心情的にはアーサー王に有利な材料へとなり得るんだ。」

パフェを口に運びながら先輩は頷く、先輩はパフェをもう半分くらい食べ進んでいた。スペシャルパフェは僕の頼んだパフェの二倍以上のボリュームがあるはずなのに。先輩は食べるのが速い、頭の回転が速いのと関係があるのだろうか。

というか、頭の回転に限らず、先輩はあらゆることが出来る。スポーツ万能、料理も上手、アルバイトと学業を両立させながら、僕との時間も作ってくれる。

神様は不平等だ、先輩を見ているとそんな感情を抱かずにはいられない。そんなことを考えていたせいか、僕の口からふと言葉が零れた。

「完全なる平等、というのは無いんでしょうか。」

先輩は少し面食らったような表情をして、考え込む。

そして、ポンと手を打つと、徐に僕のパフェをつかんで自分の方へと引き寄せた。何をするんですか、と僕が反応するよりも早く、自分が半分食べたパフェを僕の目の前に置く。

「少なくともこれで、この円卓の上は完全なる平等だよ。」

僕の目の前に用意された豪奢なパフェは、半分食べられていても未だに輝きを損なってはいない。白いクリームを赤く彩るいちごのソースが、食欲をそそる。まさか、僕が物欲しそうにしていたのも、先輩にはお見通しだったのだろうか。

ごくりと息を飲んで先輩を見ると、先輩はいつも通り上機嫌そうに笑っていた。

"天上天下唯我独尊"を述べた神様も、アーサー王も、もちろん彼女も、僕にとっては皆不平等な存在だ。それでも、このカフェの円卓だけは確かに平等な空間のように思えた。

「あ、もちろん完全なる平等なので、ここの会計は割り勘ね。」

「先輩、パフェ返します。」

冗談だよ、と笑う先輩を睨みつけながら、僕は肝心事の資料を取り出した。

「それでは、吉良川女子高校演劇部の、次回の演目についてなんですけど――」

執筆所要時間:1時間2分

いちごパフェ=まんま
円卓=主題
天上天下唯我独尊=そもそも単語ではなかったけど、王や神、平等の話をした。あと文中に何とか入れた。

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