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ANNE KLEIN

私はなぜかその時のことをよく覚えていて、とにかくそれは誇らしく嬉しいことだった。母の新しいバッグ。おそらく私が小学校3年か4年、それくらいの時だったと思う。地元ではなく街で買ったもの、母が出向いた際デパートで買ってきたのではなかったろうか。新しいバッグ。その新品のバッグは深い青味の色で、それまで使っていたこげ茶の方が色は好きだと思ったけれど、曲線的なそのデザインは子どもの目にも垢抜けて見えた。皮に刻印されたライオンのマーク。都会的でかっこいい、とても高級な質の良いものなんだとワクワクした。その頃の母は家で働いてはいたけれど給料がきちんと支払われている訳ではなく、実家の母親にも時々お小遣いを渡したりしてお金がないようだった。ようだった、というか、母自身そんな話を年端もいかぬ子どもたちに聞かせていた、自分が不当に働かされているというような話を、そういう人だった。不当な扱いをされている母は可哀想と思っていた。子どもなりに同情していた。そんな経緯があるからこそ、我慢する母ではなく「デパートでいい品物を手にして喜んでいる母」という姿はなんだか誇らしく嬉しく思えたのだ。それから私の中でそのバッグはずっと高級で素晴らしいものとして記憶に残った。

しばらく前に実家に帰った時、そんな話を母にしたら「あるよ」と奥から持ってくる。記憶のバッグよりかなり小さい、そして、ボロい。「あれ?こんな感じだったっけ?」もうずっと使われておらず、ロクな手入れもされてなかったそれは随分くたびれていた、当たり前と言えば当たり前だけど。年月と共に美化されていた私の記憶はガラガラと崩れた。そんな私に母は言った「欲しかったら持っていっていいよ」。持ち帰ったもののやはりそのくたびれ加減にテンションも上がらずしばらく私も仕舞い込んでしまった。それを、先日物入れを整理した際、発見した。皮革専用クリームで手入れして、形を整えておいたら何となく見栄え良くなってくれた。これなら使えるじゃないか。でもこれ一体どれくらいの価格帯だったんだろう?と、ネットでブランド名を検索してみたら、現在日本の公式サイトではもう時計しか扱っていないことがわかった。ファッション(洋服や小物)ブランドとしては、日本撤退したらしい。ただ、個人輸入という形でネットで購入可能なものもある。見つけたバッグ類はデザインの雰囲気も全く変わっており価格帯もそう高くはないラインになったようだった。

それでも私はやっぱり、あの時の誇らしく嬉しい気持ちをいつでも思い出すことができる。素敵な新しいバッグを持ってニコニコ喜ぶ母。いつも大変そうに見えた母だけれどそんな風に良い品物を手に入れて喜んでいる姿は子どもながらホッとして嬉しくて。そう、デパートで買った高級品というところがまた誇らしかったんだよ母が大事に扱われている大事な人みたいに、可哀想だけな人じゃないみたいに思えたから。

そんな思い出とともにネットを見てたら古物屋さんのサイトで程度の良さそうなそのブランドの中古バッグを見つけ思わず購入してしまった。若干の使用感はあるもののかなり状態がよい。良かった。母が購入した時代より価格帯も安くなってはいるもののライオンのマークは健在。そこそこ質もよく見える。

来週実家に帰る時持っていくもしも母が欲しいといったらぜひあげたいと思う何十年ぶりのアンクライン。

ねえ、覚えてる?

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