プラモデルを組み立てる:PDLB(無料記事)
もう「アートディレクターです」とは恥ずかしくて言いにくいのですが、メインの仕事が写真になっても自分が企画を立案した仕事をデザインするのはとてもやりがいがあります。撮っているときにも最終的なレイアウトは頭に浮かんでいますから、無駄がなくスピードが速いところが仕事の進め方として気に入っています。
他のアートディレクターから撮影だけを頼まれることもしていますが、なぜそこに写真が必要かを自分で設計できる仕事の方が増えています。これをブランディングといっていいかはわかりませんが、そのスタイルです。
商品広告ではなくブランディングツールとしてのブックを作るのは楽しいものです。商品広告やカタログはいかに商品やサービスが優れているかを理解してもらうことを念頭に置きますが、ブランドブックはアプローチが違い、「このブランドの存在意義がわかる人へ」というある種のフィルターがかかっているので、多くを説明せず、見る人の理解力を信頼できます。
ブランディングにおいてブランドブックはかなり重要で、これだけはウェブに置き換えることができない「紙の体験」という特権だと思っています。スマホやタブレットで見るのとは違う触れ方をしてもらう効用はいくつかあります。これは今後変わっていく可能性もありますが、今のところはまだ紙が優位を保っています。
ブランドブックでいつも心がけていることは、自分がブランドの説明を聞いたときと同じタイミングで情報を開示することです。企業は自分たちがやっていることについて、一番近くにいるからこそ見えていなかったり価値を感じていないことが多く、説明で軽く流されていく部分がとんでもないセールスポイントだったりすることがあるのです。それを自分が驚いた順番で伝えられれば、誤差のない表現に落ち着くと思っています。
そのために何が必要かと言えば、何はなくとも「リアリティ」です。たとえば企業の宣伝部や広報は『幸せな家庭』などといったコンセプトとしても機能していない抽象性の高い表現をしたがりますが、そのビジュアルはキャンプ場で家族が笑っていたりする陳腐なものになってしまうことがあります。それでは何も伝わりません。見る人の理解力を甘く見ない、というのは、素材だけを正確に提供すれば受け取る人は構築してくれるということです。
「あなたが買ったプラモデルを組み立ててあげたよ」というのは親切ではなく、理解する楽しみを勝手に奪っていることがわかると思います。ここが商品広告とブランディングのアウトプットの差です。
今回の仕事では、出来上がった製品を説明するのではなく、その素材がどこから来てどう出来上がっていくのかを丁寧に取材しました。アイスランド、オーストリア、フランス、福島、金沢で撮影をすることを決めましたが、それは決して贅沢な方法ではありません。撮影は日数も少なく人数も最小限。私がアートディレクターとフォトグラファーを兼ねているので、クライアント以外で現地に行くクリエイティブスタッフはひとりです。
これだけコンパクトに撮影ができれば経費を大きく圧縮できて、その分をロケ場所にかかる費用に振り分けることができます。こういうシンプルな方法は今後増えていくと思いますし、昔のように大勢でぞろぞろロケに行くと莫大な費用がかかるためにロケ自体を断念する、といった本末転倒なことは起こりにくくなるでしょう。この仕事では無駄を省いて現地に行っているのですが、事情を知らない人が出来上がったものを見たら相当な予算をさいていると思われるはずです。
その効果は「リアリティ」の伝達に直結します。ニュースの中で実際の歴史的な映像が流れるのと再現ドラマになっているのとではどちらの方が出来事がリアルに伝わるでしょう。当たり前ですが、ブランドの意思を伝えるのにムードだけを再現した横着なニセモノを提示しても何も伝わらないのです。北海道にあるものなら北海道で、熟練の職人が作っているならその人本人が見える、これほど正しくて簡単な解決方法はありません。
ただたったひとつだけそのやり方が成功しない場合があります。それは企業が情報の受け手を信頼していないときです。そういう企業は、あなたが買ったばかりのプラモデルを勝手に組み立てて「どうです。私は親切でしょう」というアプローチを、顧客に対する正義だと思っています。
というわけで最後に宣伝ですが、こういったブランディングを必要とされている企業の皆さんからのご相談を受け付けています。基本的な報酬についてはおよそ40代社員の二人分と年間で考えておいてもらえば遠くないはずです。お問い合わせは ani(アットマーク)watanabeani.com まで。
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。