銀の指輪「2」:博士の普通の愛情
「最近、旦那と会ったの」
「いや、電話では話したけど、彼とは会ってないよ。外出は自粛しているし、この近くでやっている仕事以外では、滅多に人とは会わない」
「へえ。そうなの」
リリーが持っているのは、僕でも知っている高級ブランドのバッグだった。
「あのね。できれば片桐さん、もうこのホテルに来るのをやめてくれない」
「どうして。何か困ることがあるのかな」
「面白がってるでしょ。私が男と来るのを知ってから来てるでしょ」
何か適当な言い訳をしようと思ったが、あきらかに図星だという顔をしてしまったのが自分でもわかった。それを挽回できるほどの言い訳が思いつかなかない。
「リリーが嫌だと言うならやめるけど」
「え、片桐さん、前から私のことをリリーって呼んでたっけ」
「いや、あなたと会ったのは数回だけど、彼がいつもそう呼んでいるから。ごめん」
「別にどうでもいいんだけど、ふたりの間でしか使っていないあだ名を言われるのって、ちょっと」
「うん、ごめん」
僕はリリーの名前を知らない。
「で、もう来ないでくれるよね」
「うん。そう言うならそうするけど、理由が聞きたい」
僕はなぜか高圧的なリリーの、いや彼女の態度に少し腹が立っていた。
「なんで、片桐さんに私の個人的なことを言わなくちゃいけないのかな」
「だって、僕がここでコーヒーを飲むことだって個人的なことだろ」
僕の勢いに押されたのか、しばらく考えてから彼女は話し始めた。ごく普通の、どこにでもあるつまらない話だった。夫婦の関係が冷え切って会話もなくなり、年齢を重ねるにつれて将来への不安ばかりリアルになっていく。
「ということ」
「うん。そこまではよくわかったけど、僕がなぜここに来たらいけないのかの説明が何もないよ」
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。