天体と彼女:博士の普通の愛情
友人の女性からメッセージが来ていた。
「今夜は皆既月食ですよ」
とだけ書かれている。僕は昔から彼女が天体や自然を好きだったことを懐かしく思い出す。仲間とハワイのマウナケア天文台に行ったことがあると話してくれた。天体に関して僕はまったく無知なので、彼女のそういう話を聞くのが好きだった。
5年くらい前に偶然会ってカフェで話をした。
「ワイメアに、皆で泊まった井上くんの別荘があるでしょ。この前あそこからマウナケアに行ったの。途中にオニズカ・ビジターセンターっていうのがあって、そこでしばらく休憩して標高に体を慣らしてから天文台まで行くの」
「標高ってどれくらいなの」
「ビジターセンターが3000メートル弱で、天文台が4200メートル」
「すごいな。富士山より上だね」
「まあね。日本では富士山が一番高いけど、世界にはあれより高い山が2万くらいあるんだよ」
「そうなのか。知らなかった」
「すばる展望台の近くから夕陽を見て、ビジターセンターのあたりで星を見た」
彼女はハワイ島の澄んだ空気を通して見たミルキーウェイや月や、無数の星がいかに美しかったかを話してくれた。
「今度、一緒に行こうよ」
「うん。面白そうだけどね」
「あ、その返事は行く気がないね。男って腰が重いから」
仲の良かった友人と、何の理由もなく会わなくなることがある。喧嘩をしたわけでも引っ越したわけでもなく。僕らはそれほど離れていない距離に住んでいるのに、数年間メールも電話もしていない。もちろん嫌いになったのでもない。ただ何となく、だ。
僕も今夜が皆既月食だということはニュースで知っていたんだけど、それを聞いた瞬間に彼女の顔を思い出していた。僕の脳の中で、天体と彼女は同じ箱の中に入っているからだ。最初にそれがワンセットになったのはハワイ島にある井上の別荘に行ったときだった。5人の仲のいい男女で遊びに行ったのだが、酔った井上がバルコニーにいた彼女と僕を締め出し、鍵をかけたのだ。
「井上くんって、子どもっぽいよね」
「うん」
彼女が言うように、夜中の心地よい風が吹いているバルコニーに締め出されても、何の苦痛もない。ハワイだから「ラナイ」というべきなんだろうか。僕らは板張りのラナイに並んで寝そべって星を見た。どちらからともなく手を繋いでいた。
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。