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タダシという男:博士の普通の愛情

「今まで、自分が嫉妬深い性格だと自覚したことはありませんでした。いい歳をしてこんなことをお話するのも情けないんですが」

そう言ってカウンセラーの前に座っているのは白石和夫、43歳。オフィス事務機メーカーの営業である彼は、数日前から体調に異変を感じていた。医師である友人に相談したところ、それは精神的な問題ではないかと言われてここに来た。

友人には家庭内のことを知られたくなかったので、できるだけ焦点の定まらない説明をしたつもりだったのだが、彼にはすべてお見通しだったようだ。

「つまり、お前の奥さんが浮気をしているんじゃないかって心配だな」

あまりにも図星で驚いたが、その狼狽は友人にも伝わったようだ。

「人の体っていうのは面白いものでさ、よく『胃に穴が開く』なんて言葉を聞くだろう。ストレスによる胃潰瘍が多いんだけど、それがたった一晩で起きる患者もいるくらいだ。精神と肉体って意外と密接なんだよね」

彼がくれたのは、早い内に悩み事を解決しないと恐ろしいことになるよ、という助言だった。それでカウンセリングを受けることにした。

和夫は12年前に妻の友代と結婚し、ふたりで平和に暮らしてきた。週末は共通の趣味である山歩きに行ったり、近場の温泉に行ったりした。それが数週間くらい前からなくなった。あまり友人が多くないはずの友代が、友だちと会ってくる、食事に行く、と言い、夫婦の週末の予定を断ることが増えたのだ。

初めの数回は何とも思わなかったのだが、10年以上変わらずに続けてきた習慣が途絶えるのには何か特別な理由があるのでは、と感じ始めた。最近は週末が来るのが怖いくらい精神的に追い詰められていた。また何か予定があると言い出すのではないか、そう考えると不安が募る。そこで思いついたのは先に自分が予定を入れてしまう方法だった。やりたくもないゴルフを始めて週末は同僚とコースを回るようになった。

それを繰り返しても友代は何とも思っていない様子で、普通の顔で「行ってらっしゃい」と言うだけだ。私たち夫婦の今までの週末は何だったんだろうか。彼女は僕とは違って特に楽しいと思っていなかったんだろうか。あらゆることがネガティブな連想を呼ぶ。胃が痛む。

「ごめん、今週末も課長と伊豆でゴルフに誘われた。いいかな」
「いいわよ。行ってらっしゃい」

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。