鑑識が知った事実:博士の普通の愛情
やや危うい話なので、場所は伏せておく。
僕が毎日のように通っていた、商店街の入り口にある喫茶店。夫婦が二人でのんびりと営業していた。神経質そうな雰囲気の痩せたおじさんは無口どころか、今まで一度も声を聞いたことがなかった。
おばさんが客から聞いて伝える注文に返事はせず、うなずくかうなずかないかくらいに首を動かすと、おもむろにコーヒーを淹れ始める。おじさんがカウンターをコンコンと人差し指の爪で鳴らすと、「コーヒーが入った」という合図。おばさんは読んでいた雑誌を閉じて、客のところまで運んでいく。
その日は、いつもは来ない女子高生が三人窓際の席にいた。静かさも料金に入っているように居心地のいい店なのに、今日はいささか騒がしい。ひとりの女の子がトイレから戻ってきたとき、三人がひそひそ話し出した。
「警察に」という言葉が聞こえたので、思わずそちらを見てしまう。
さっきとは別の女の子がトイレに行き、戻ってきてまたひそひそ話している。何なんだろう。ひとりが電話をかけに店の外へ出た。
10分くらいしてから、彼女たちが通う高校の教師らしい男が二人、店に入ってきた。勢いよくドアを開けたので扉についていたベルがガランガランと、けたたましい音をたてた。
「ちょっと、伺いたいことがあるんですが」
たぶん体育教師だろう。青いジャージを着た男が、カウンターの向こうのおじさんに声をかける。おじさんはきょとんとした顔をしている。
客は女子高生三人以外は僕だけだった。いつもこの店には数人の客しかいない。店は割と大きめのマンションの1階にあるのだが、常連客が言うには、この建物は喫茶店夫婦の持ち物であるらしかった。そうでなければこの客の入りで経営が成り立つはずがない。
「あのね、ちょっとトイレを調べさせてもらいますよ」
体格のいい体育教師ともうひとりの痩せた教師が、店の奥にある狭いトイレに入っていく。小さく、スマホのシャッター音が聞こえた気がした。
戻ってきたふたりは少し怒ったような顔をしている。スマホの画面をおじさんに見せながら、「あなた、店主さんですよね。これは何ですかね」と言う。
テーブルにいた女子高生のひとりが、「絶対、盗撮でしょ」と教師に向かって言った。おじさんは老眼のようで、目の前に出されたスマホの画面から顔を遠ざけながらじっと見ている。おばさんはおびえたような顔でカウンターの奥で縮こまっている。
「よくわかりませんが」
店に通い始めて数年が経つが、このとき初めておじさんの声を聞いた。
「とぼけたらダメだよ。あんた、これ盗撮用のカメラでしょ」
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。