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無料記事_『伝えるための準備学』古舘伊知郎著:Anizine

プロレス、F-1、報道ステーションなど、ただの実況だけではなく、その話術で様々な出来事を「記憶にとどめること」に貢献してきたという印象がある古舘伊知郎さん。私たちがF-1の名場面を思い出すときには必ずあの声がバックグラウンドで同時に再生されると思います。

私事であり、微かな繋がりを持ち出すのが野暮なのは重々承知なのですが、昔、私はTBSの『zone』というドキュメンタリー番組の総合アートディレクションをしていました。MCは柳葉敏郎さん(のちに東山紀之さん)。出演するのは番組のコンセプトでもある「アスリートが感じるzoneという境地」のため、スポーツ選手が多かったのですが、古舘伊知郎さんの『トーキング・ブルース』を取り上げたときは驚きました。体調管理のシーンなどはまさにスポーツ選手並みだったので納得しましたが。

この動画の中でも古舘さんは「zone」という言葉を使っています。過去のひろのぶと株式会社の出版トークイベントの中でも突出して「単語数」の多い回だと思いますが、話しているうちにzone、ハイになっていくのがわかります。頭の回転が速い人は、一行目を話し始めたときにはすでに5行目あたりのことを考えていて、さらにその流れで進んだと仮定すると8行目のところが際立つか、みたいなことまで考えているものです。

当時も番組の打ち合わせが終わった後、とにかく画面に文字をたくさん出そうと思ったことを憶えています。その頃のことはすでに記憶が定かではないのですが、この本を読みながら本当にボンヤリと思い出しました。

私は写真家なので写真に置き換えてみると、ロケハンをしたり資料を読んだり、機材を準備するときに同じようなことをしていると感じます。この習性には古舘さんも書かれているように世代の差があり、なんでもネットで調べる行動で失われた部分、育てられにくくなった部分があると思います。古舘さんがF-1を担当されていた頃は外国のサーキットやチームの情報も簡単には得られなかったでしょうし、歴史についても同様です。それらを貪欲に調べる習性が身についているからこそ、「ああ、ネットって便利だなあ」と、さらに知識にプラスをすることができるのではないかと思っています。

この本は、話す人、書く人、どんな立場の人にも参考になるでしょう。天才には様々な種類があって、たとえ表面に見える才能が平凡であると自認していても『準備』という事前にできる行動の質を上げれば、結果が天才に近づくこともある、という希望の書と言えましょう。


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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。