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もしかしたら蛮勇:Anizine(無料記事)

昨日は友人の紹介で、ある人のポートレート撮影をしました。もしもこういう写真を撮って欲しいのならこの人に頼むといいよ、と言ってくれる人のおかげで俺は生きていられるのです。

14時半から17時という撮影時間があったのですが、初対面であるその人とは共通の友人や仕事仲間が多いことがわかり、16時半まで雑談をしました。俺はいつもそうなのですが、撮る前にできるだけ多く雑談をしたいのです。しばらく話していると性格もわかるし、表情もわかる。そして最後の10分で撮影をします。もちろん緊張をほぐす意味もあるんですが、たまたま頼まれた仕事であってもまずは自分自身が「この人をよく撮りたい」という気持ちにならないとシャッターが切れません。

俺たちはレントゲン技師ではないので、臓器が正確に写っていればいいというわけではなく、見えない臓器や気持ちができるだけ顔の表面に出てきてくれないと困るのです。無駄話をしているときはその人がする表情を観察します。それを見ておけばカメラをセッティングしてから「右から撮ろうか、左からか」などと悩まなくて済みます。

今日は平林監督のnoteが更新されていたのですが、「仕事をいかにエンタメ化するか」と書かれていました。いつも通りその尻馬に乗って書いてみたいと思います。我々の世代の徒弟関係の環境で育った人々は、ツライ仕事をしていることが偉いとか、精神論で叩きのめされることが日常でした。今はまったく違います。時代を作り出すのはつねに若者ですから、引退したクソジジイがどこかの別荘か何かから「俺たちの時代はキツかった、今の若者は根性がねえ」なんてソーシャルメディアにコメントしているのを見ると、2回ほど半殺しにしてやりたくなります。

お前はもうグラウンドにいないんだから黙ってろ、と思うわけです。誰だってツラいことが好きなはずないんです。仕方なくやっていた。パワハラという言葉が発明される以前のことを若者に話すと、よくそんな修行を我慢してましたね、と言われます。好きで我慢していたんじゃないんです。選択肢が存在しなかったのです。だからこそ、今の人には仕事は楽しくやって欲しいと願っています。

先日も企画の打ち合わせをしていたときに、若い社員があるアスリートのファンだと言いました。それならその人を仕事にキャスティングすればいいじゃん、とけしかけました。自分が好きな人と仕事をした方が数百倍楽しいに決まっているんですから。この企画にその人を呼ぶ必然性があるかな、なんてことはどうだっていいんです。楽しくやれば、「整合性だけはある、自分にとって興味のない人」を呼ぶよりも結果は絶対によくなるはずです。

その「ちいさな勇気、もしかしたら蛮勇」を行使した方がいいです。仕事に不満を言うのではなく、自分がしたいように仕事の輪郭を変えてしまえばいいのです。我々の世代がその頭を押さえつけることは決してしてはいけません。仕事は結果でしか評価されません。自分が楽しいと思うことをアピールするのと、やれと言われたからやる、という姿勢が見え見えな仕事とどちらが他人を幸せにするかはわかりきっています。

昔、テレビの会議に若い放送作家たちが呼ばれ、プロデューサーが「自由にキャスティング案を考えろ」と言いました。皆が必死に考えている間、そのプロデューサーはのんびりランチに行っていたのですが、戻ってきて皆の案を見て激怒したのです。「こんなちっぽけな番組にこの人やこの人が出てくれるはずないだろう」と言うのです。だったら自由に考えろと言わなければいいのです。作家たちはもしかしたら自分が仕事をしてみたい大御所の名前を書いたのかもしれません。もし出演を断られるとしても、その人と仕事をしてみたいという彼らのモチベーションをそんな言い方で却下して、誰が幸福になるのでしょう。

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何かをするときには頂上をできるだけ高く設定する習慣をつけないと、仕事がつまらなくなります。「この撮影は自由が丘のカフェでもできるかもしれないですけど、どうせならウィーンで撮りませんか」と、言うだけ言ってみればいいんです。萎縮した「Photoshop合成世代」は先に予算のこととかを忖度して「自由が丘で」などと先回りして言ってしまうのですが、そんなのは自由ではなく、普通が丘です。

仕事を拡大解釈してエンタメ化すると、いいことが起きます。幸運にも上司のオーケーが出てウィーンで撮影することになれば、なんだか仕事が旅行気分になって楽しくなります。「仕事なんだぞ」なんて言う必要はありません。スタッフのひとりひとりが「ウィーンの街を見た経験」をお土産に帰ってくることで、次の仕事に対する審美眼の基準が上がるのですから、それは自由が丘のカフェをPhotoshopで無理矢理ウィーンに見せようとするバックスライドな努力とは比較にならないほど豊かな経験です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。