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DAY, THREE, WEST:博士の普通の愛情

青山の国連大学の前で「ラウラ」に出会った。彼女に西麻布に行く道を聞かれたのだ。僕も六本木に向かう途中だったので一緒に歩こうと提案した。ブラジルから仕事で数ヶ月の出張に来ているというラウラは、少しだけ英語ができて、僕もたいして英語ができるわけじゃないから会話の理解度がちょうどよかった。

ラウラは青山通りから骨董通りに入るところにある標識をスマホで撮っていた。僕が何を撮っているか聞くと、「こうしておくと憶えるから」と言って、はにかんでいた。「DAY, THREE, WEST」と小さな声で何度も繰り返しながら。骨董通りを抜けて西麻布の交差点に着くまで、お互いの自己紹介をしたり、僕は一度サンパウロに行ったことがあるという話をした。

ラウラはサンパウロの出身で、今はアジアの担当営業なので香港や韓国などに中期の出張に来るのだと言う。何を売っている会社に勤めているかはよくわからなかった。西麻布交差点に着く前のあたりは車の音がうるさくて声が聞き取りにくいので自然とカラダが近づいた。短い黒髪からは甘い香りがした。彼女はどちらかと言えば日本人にも親しみやすい顔をしていたから、もしかしたら東洋系の血が流れているのかもしれない。

僕らは交差点の信号待ちでLINEのIDを交換し、握手をして別れた。ミッドタウンのカフェでスマホを見るとラウラからのメッセージが来ていた。

「今日はありがとう。また日本語を教えてください」

と書かれていた。数日後、僕は彼女を食事に誘った。

「何が食べたいかな」
「お寿司が食べたいですが、会社員に聞いたら高いそうです」

会社員とは「同僚」という意味だろう。

「気にしなくていいよ。東京への歓迎パーティとして僕が払う」
「それは悪いです」
「じゃあ、バーガーキングとか」
「シュンスケが決めてください」
「わかった」

ある金曜の夜、西麻布で寿司を食べた。サンパウロにも寿司屋はあって、ラウラは子供の頃からよく食べていたそうだ。カウンターでそんな話をしていると大将が声をかけてきた。

「お客さん、ブラジルではどんな寿司を食べていたんですか」
「私が好きなのは、鶏そぼろ丼です」

僕と大将は目を合わせ、にっこりする。それはお寿司ではないかもね、とラウラの耳元で言うと、骨董通りのときと同じ、はにかんだ顔を見せた。僕らは寿司ネタの名前を日本語とポルトガル語で交互に教え合いながら食べた。

帰り道、歩きながらラウラは、シュンスケにテストをすると言ってきた。

「カツオは何でしょう」
「ボニートかな」
「当たりです。ではマグロは」
「カマロン」
「それはエビです。マグロはアトゥン」

ポルトガル語は難しいよと言うと、日本語はもっと難しいと言った。僕はポルトガルにも行ったことがあるけど、ブラジルのポルトガル語とはどこが違うの、と聞くと「ポルトガルに行ったことがないからわからない」と言いながら楽しそうに笑う。僕はずっと外国の話をしているはずなのに、いつの間にかラウラがブラジル人であることを意識しなくなっているのに気づいた。

ラウラの会社が借りているマンションは西麻布と広尾の中間くらいにあった。そこまで歩いて送ると言うと、広尾まで行くからついてきてと言われた。僕らは途中で深夜までやっているカフェでワインを飲み、テーブルの上に置いた互いの手は、知らないうちに重ねられていた。広尾にどんな用事があったのかと聞くと「LINEで送るね」と言って、テーブルの下で何か打っている。

目の前にいる僕のスマホの通知音が鳴り、画面には「もう少しシュンスケと一緒に歩きたかったから」と書かれていた。

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。