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3ポイント:博士の普通の愛情

数年会っていない友人からFacebookのメッセージが届いた。内容はなんということもないものだったが、ソーシャルメディアのアルゴリズムはやり取りした人の投稿が優先表示されるので、ずっと見ていなかった彼の日常が僕のウォールに頻繁にあらわれるようになった。SNSではフォローしている人の投稿が全部表示されていると思っている人がいるかもしれないが、そうではない。

コメントをしたりされたりしている人同士が上位に見えているのだ。だって、数千人もネット上の友人がいたらそのすべてを読むことなんかできない。だからやり取りが途絶えていた期間、僕は彼の生活を知ることはなかった。コメントをしている人の中に「ノリユキ」がいた。スマホを持つ僕の指先が止まった。

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僕は10年以上前、パートナーとしてノリユキと二人で暮らしていた。別れてから一度も会っていないし、そのこととは関係なく、周辺にいた友人たちとも疎遠になっていたのだ。久しぶりに見る名前。彼のウォールのトップ画像にしていたのは、Tシャツがハンガーにかかっている写真だった。僕が昔プレゼントした服。撮っている場所も僕らが住んでいた部屋の壁のように見えた。三半規管が歪むように時間が逆に進むのを感じる。

僕らはアイちゃんという女の子に紹介されて出会った。アイちゃんは築地のタワーマンションに住んでいるダンサーだった。ほぼ無職だったんだけど、スポンサー的な人に借りてもらっていると言っていた。彼女の部屋にはいつも怪しげなやつらが集まっていて、そこで多くの知り合いが増えた。今僕がやっている会社もそこで会った女性社長との共同経営だ。

何度か一緒になった記憶はあるのだが、ノリユキはいつも部屋の隅で本を読んでいたから話をしたのはしばらくしてからだった。最初の印象はあまりよくなくて、ただとっつきにくいだけではなく、その目の奥の方には人を殺しそうな怖さが潜んでいるような気がした。話してみるととても繊細だということがすぐにわかった。簡単に言ってしまうと自分のテリトリーに入れていい人とそうではない人を選り分けるガードマンの目だった。中に入ると居心地のいい彼の空間があった。

当時は「m」というSNSが流行っていて、僕らはそこで毎日会話をするようになり、アイちゃんの部屋に行くことは少なくなった。ある日曜日、ノリユキからランチの誘いがあった。指定されたのは恵比寿にあるトラットリアとリストランテの中間のような雰囲気で、今はないけどとてもいい店だった。ノリユキと食事をするのは大勢で築地のとんこつラーメン屋に行ったとき以来で、ちょっと緊張した。

「日曜昼間の恵比寿で、男がふたりでイタリアンを食べてる図っていうのはどうなのかな」

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。