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誰かと地続き:Anizine(無料記事)

こどもの頃から、誰かの熱狂的なファンになったことがない。同級生はジャニーズの誰がいい、あの歌手が素敵などと言っていたが俺にはどうしてもそういう感覚がわからなかった。ソーシャルメディアが発達して以前よりタレントなどとの距離が近くなったことで、よりそこに疑問が生まれている。

過去にいわゆるテレビに出ているような人にアクセスしたことは2回ある。『ビートたけしのオールナイトニッポン』にたまたま一度だけネタ葉書を出したのだが、それが番組で読まれたようで何かが送られてきた記憶がある。読まれたときの放送は聴いていない。ツービートの漫才は大好きだったが、毎回欠かさず聴くような真面目なリスナーではなかったからだ。ああ、読まれたのかという程度だった。

次はまあまあ大人になってからだが『ふぞろいの林檎たち』のパート3が始まったとき、山田太一さんに葉書を送った。とても好きなドラマだったのに、中井貴一さんの兄である小林薫さんが別の俳優に変わっていたことに驚いた。「小林薫さんが出演しなくなったことが残念です」と、今になって思えば脚本家にそんなことを言っても迷惑なだけだったと思う。しかし、数日後に山田太一さんから、「僕もそのことについては残念に思っています」と、字は解読が難しいほどグニャグニャだったけれど、丁寧なお返事を頂いた。

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単なるひとりの視聴者に対して返信をくれたということは自分にとってとても大きな経験になった。テレビや映画で仕事をしている人はどこか遠くの世界の人ではなく、自分と同じようなことを考えている普通の人なのだとわかったことは貴重だった。だからもし自分が本を書くことになったら、買ってくれた人には全員お礼を言おうとそのときから決めていた。まさかそんな日が本当に来るとは思ってもいなかったけどね。

今、自分はいわゆるファンの人が、「一生に一度でもいいから会ってみたい」と思うような人といつも何気なく仕事をしている。それは誰のファンでもなく、むしろたけしさんや山田太一さんのファンではなく、作り出される「仕事」そのものを素人なりに評価していた自分にとっては居心地がいい。もしそうでなかったら、彼らに対して舞い上がったり距離感を間違えたりという、きわめて田舎臭い真似をしていたと思う。同業者の中には「有名な人と会った」とことさら言いたがる人はいるんだけど、それは若い頃、特別な遠い世界の人に憧れていた人なんだろう。有名な人が好きな人は自分の無名さを受け入れている人だ。

彼らは芸能が仕事で、俺は写真が仕事。そう思っていれば仕事の場で対等だし、互いに信用している魚屋の親方と寿司屋の大将が付き合うことと何も変わらない。

誰でも同じ地面に地続きで立って、生きている。それを持ち上げたり引きずり落としたりするのはどちらか一方の勝手な思い入れと解釈であって、意味がない。『釣りバカ日誌』のように、釣りをするときには社長も平社員も対等なのだ。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。