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燃えたラブレター(後編):博士の普通の愛情

こどもの頃、小さいというのは何にしても引け目があった。小学校高学年にもなると女子の方が成長が早く、大きくなっている。ユマという女の子がいた。珍しい苗字で細くて背の高い、ポパイに出てくるオリーブのような子だった。声も好きで、彼女が教科書を朗読するときは目をつぶって聴くほどだった。

その珍しい苗字を数十年後に聞いたのがFMのラジオ番組だった。ユマの声がほとんど変わっていなかったことに驚く。六年生のとき、僕は帰り道でユマに待ち伏せされ、ラブレターをもらった。

「卒業する前にこれを渡したかった。読んでね」

封筒には入っておらず、便箋が折り紙のように複雑に畳まれていた。これは開いて一度読んだら戻せないぞ、とバカな心配をしたことを覚えている。中に書いてあったことは記憶にない。生まれて初めてのラブレターだったのに、それは消えてなくなってしまったからだ。

当時の僕らは恋愛沙汰に巻き込まれることをひどく恐れていた。誰かと誰かが付き合っている、みたいなことを噂されたら仲間の男子たちから死ぬほどの屈辱を味わったのだ。手紙をもらった日の夕方、家族にもそれを見られたくなかったので、弟と僕が寝ている二段ベッドのベニア板の隙間に隠した。ここに隠しておけば絶対に見つからないと思い安心した。翌日は学校が休みだったので弟が野球に出かけてからゆっくり部屋で読もうと思っていたのだが、なかなか出かけない。結局風邪気味だった弟が部屋からいなくなることはなく、次の日、できるだけ早く学校から帰ってひとりで読むことにした。とにかく早く中身が知りたかった。

彼女はこちらを気にしていたようだったが、ユマとはクラスで目を合わせないようにしていた。授業が終わると一目散に帰宅すると、見通しのいい場所で遠くに家が見えた。白い煙がひとすじ上がっている。ときどき父親が庭に置いたドラム缶で枯れ葉などを燃やすことがあるのだ。また何かを燃やしていると思いながら玄関に向かおうとしたとき、ドラム缶からはみ出した見覚えのある木の板が目に入った。あれはもしや。

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。