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1ダースの消毒液:博士の普通の愛情

休日の午後。玄関のインターホンが鳴り、カメラには宅配便の配達員が映っていた。届くものに心当たりはない。大きな段ボールに貼られた伝票の品名のところには「マスク・消毒液」と書かれていた。

差出人を見て、時間が戻るのを感じた。そこにはある時期をともにした女性の名前があった。彼女は病院に勤めていた。よくある話なのかどうかはわからないけど、僕が入院していたときに担当してくれていた看護師だった。僕らは患者と看護師として出会ったのだ。

それまでは健康さだけを売り物にしていた僕が、体調が悪いことに気づいた。嫌で嫌で仕方がなかったがこの不調は確実に何かの病気だということがわかったので、虎ノ門にある病院に行った。色々と検査をして、後日また結果を聞きに行く。

太田先生という担当医は、田宮二郎のような雰囲気で40代のいい男だった。まさに『白い巨塔』だ。先生は穏やかな口調で検査結果を話し出した。途中でふたりの医師が診察室に入ってきて話に加わる。

ひとりの医師が数枚のレントゲンをライトボックスに貼り付け、「ここを見てください」と言う。「この白い点なんですが、ちょっとよくないんです」太田先生がその医師に専門用語で何かを聞いていたが、当然何を言っているかは僕にはわからない。

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待てよ。これはもしかしたら悪い状況なんじゃないか。僕は膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめた。

「ええと、新藤さん、これが初期の癌なんですよ」

「はあ」

今、太田先生は何と言ったんだ。とてもカジュアルに「癌」と言ったよな。

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。