見出し画像

DJ TAXI:Anizine

東横線沿線の静かな住宅街から個人タクシーに乗った。しばらく仕事のメールをスマートフォンでチェックしてから窓の外を見る。時折、満開の桜が目に入ってくる。車内に懐かしい曲が流れているのにそのとき初めて気づいた。目には「まぶた」という自発的な遮断装置があるが鼻と耳には蓋がない。だから、においと騒音は暴力になる。

鼻と耳は性質が違う。悪臭はどうやっても瞬間的には遮断できないが、受容器の物理的な機能とは別に、耳には音を「意識しない」という脳の働きが補う。渋谷の仕事場もすぐそばに線路があって、ひっきりなしに電車が通っているのだが、あまりその音を意識したことはない。何かを録音しようとしたときにだけ、「あ、電車の音がしている」と気づく。

画像1

タクシーの車内にはカルメン・マキの『時には母のない子のように』が小さな音でかかっていた。

「ラジオですか」

と僕が聞くと、60代半ばくらいのドライバーは

「いえ。お恥ずかしいんですが、自分で編集したものです」

と言う。

ここから先は

387字

Anizine

¥500 / 月

写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。