DJ TAXI:Anizine
東横線沿線の静かな住宅街から個人タクシーに乗った。しばらく仕事のメールをスマートフォンでチェックしてから窓の外を見る。時折、満開の桜が目に入ってくる。車内に懐かしい曲が流れているのにそのとき初めて気づいた。目には「まぶた」という自発的な遮断装置があるが鼻と耳には蓋がない。だから、においと騒音は暴力になる。
鼻と耳は性質が違う。悪臭はどうやっても瞬間的には遮断できないが、受容器の物理的な機能とは別に、耳には音を「意識しない」という脳の働きが補う。渋谷の仕事場もすぐそばに線路があって、ひっきりなしに電車が通っているのだが、あまりその音を意識したことはない。何かを録音しようとしたときにだけ、「あ、電車の音がしている」と気づく。
タクシーの車内にはカルメン・マキの『時には母のない子のように』が小さな音でかかっていた。
「ラジオですか」
と僕が聞くと、60代半ばくらいのドライバーは
「いえ。お恥ずかしいんですが、自分で編集したものです」
と言う。
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。