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夏休みの発泡スチロール:Anizine

僕が小学校5年生の夏休み、父親の田舎にひとりで遊びに行くと、リュウちゃんというひとつ年上の男の子がいた。帰る日の前日、夜ご飯を食べて花火をやったあと、「明日の朝、カブトムシを取りに行くから」と言った。行こうよ、ではなく、俺は行くからついて来たいなら来いという感じ。リュウちゃんは僕の友だちの中にはいないタイプで、無口な釣りキチ三平のような男の子だった。

朝の5時前に僕はリュウちゃんに起こされ、寝ぼけていた僕はカブトムシを取りに行く約束をやっと思い出した。山の中に入るから長袖と長ズボンじゃないとだめだと言う。僕は一度はいた半ズボンを脱ぎ、もたもたと支度をした。今回のために買った緑色の小さな虫かごを手にすると、「そんなの役に立つかよ」と言われた。なんだかずっと怒られている。

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まだ薄暗い時間に外に出ると何の音もせず空気は澄みきっている。僕の家は街の真ん中にあるからいつでも騒々しく、それは新鮮な体験だった。家から出るとすぐにブロック塀の上をよたよたと歩くオスのカブトムシを見つけた。「リュウちゃん、いたよ」と言っても彼はスタスタと歩きながら「そんなのほっとけ」とこちらを振り返らずに言う。

リュウちゃんの家が持っている山に入るといきなり数匹のスズメバチに威嚇された。耳元を通り過ぎたときに聞いた大きな羽根の音にオシッコをちびりそうになった。「あそこ」とリュウちゃんが指を指した先には立派な桃の木があった。近づいていくとすべての桃にカブトムシ、クワガタ、カナブンなどがびっしりぶら下がっていた。この木は桃を収穫するためではなく、リュウちゃんがカブトムシを捕まえるために一本だけ残してもらっているそうだ。都会育ちの僕はそれまで数回しかカブトムシやクワガタを見たことがなく、一度だけノコギリクワガタを飼ったことがあるがそれは親戚のおじさんが東急デパートで買ってきてくれたものだった。

リュウちゃんはまるで仕事のような顔をして特大の段ボール箱に次から次へと虫を投げ入れ「収穫」を始めた。本当に仕事をしているのかと思うほどだった。僕もスズメバチの動きを気にしながら数十匹の森の王様を慣れない手つきでつまんでは箱に投げ込んだ。特にカブトムシは太ももに棘があるから捕まえると指先にチクチクして痛い。タオルでしっかり防御しているリュウちゃんとは違って、僕の日に灼けた剥き出しの首はいくつも蚊に刺された。

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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。