見出し画像

職業を変える:Anizine

今から十数年前、ある若者向け講座の講師を二年間務めた。生徒である彼らは学生だったり無職だったり会社員だったが、何者かになろうと思ってその私塾に参加してきた。最初の講義で言ったのは、「残酷だけどおそらくこの中からひとりも世に出る人はいないだろう」という内容のことだった。職業にするだけなら何とかできるかもしれない。でもその業界で一軍になることがいかに大変かをみんな知らないと思ったからだ。

自分も偉そうに上から言うだけではなく、同じことをしてみようと思った。実はそれが写真家になるきっかけでもある。「若い君たちは努力して将来のために頑張れ。俺も試しに今の仕事とは違うことを一から始めてみるよ」と宣言した。本当は彼らは若く俺は中年だということはイコール・コンディションではない。彼らは正真正銘のゼロからスタートしなければならないからだ。理想の職業を選ぶ前に、社会人経験がないか、あったとしても短い。

画像1

すべてが手探りの彼らより俺の方がラクだったので、インチキなことを言ったのを今では反省している。とは言うものの俺も死ぬ気で努力し、学んだ。それまでアートディレクターとして20年くらい写真と関わってきたけれど、自分が撮るとは思ってもいなかったからスタジオで何も見ていなかったことを悔やんだ。目の前に最高の教材が用意されていたのに勿体ないことをした。と言っていても始まらないので毎日朝から晩まで写真の技術を勉強した。

朝から晩まで、なんて言うのは当たり前すぎて修飾語にならない。できないうちはやって当然だからだ。かくして俺は宣言通り写真家になったんだけど、彼らの中からはギリギリ一人か二人がその業界に残っている。他の人たちも別の分野で活躍しているからそれはそれで立派だと思っているが、やはりその世界は甘くなかったようだ。

職業とはどういうものか。それで給料をもらい生活していくことだ。欲を言えば自己実現ができたり、人から尊敬されたりしたいはず。でもそれができるのはほんの一握りで、だからこそ「朝から晩まで死ぬ気でやった人々」の中から一人か二人しか生き残ることができない。日本中の野球人口の中でプロ野球の一軍は300人。どんな世界でも似たような比率だと思う。

ここから先は

390字

Anizine

¥500 / 月

写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。