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写真の部屋

人類全員が写真を撮るような時代。「写真を撮ること」「見ること」についての話をします。
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2020年10月の記事一覧

音楽と写真:写真の部屋(無料記事)

ぼくが写真で心がけていることは、理解よりもずっと手前の、 そのひとがただそこにいることのなんでもなさが どれだけ劇的に見えるか、を。 そう見えるようにいられるために、いつも、考えています。 見逃していた『うたのはじまり』を配信の最終日に観た。 俺にとっては尊敬するひとりの写真家の生き方を見ることができてうれしかった。最初に引用したのは映画の中でチャットをしている齋藤陽道さんの言葉だ。俺は今までずっと言葉を尽くして写真について書いてきたけど、「この短い言葉で全部言われた」と

SX70:写真の部屋

朝から晩までデジタルデータばかりを扱っていると、物理的な手触りがあるモノへの飢えが生まれる。とはいうものの、フィルムを使って現像してプリントして、と考えるとあまりにも面倒くさい。 今日、カメラ店でポラロイドのSX70を見た。以前ファーストモデルを持っていたんだけど調子が悪くなり、どこかへ埋没してしまった。しばらく眺めていたが、買ってもすぐに飽きるんだろうなあと思って店を出た。帰り道にもう一度見ようと思って寄ってみたら、2台あったSX70が1台しか展示されていない。 売れて

機械の言いなり:写真の部屋

今のデジタルカメラは、ライカのM型などをのぞくとほとんどがオートフォーカスです。フィルムカメラのマニュアルフォーカスで育った俺たちも、今では便利なオートフォーカスを使うことの方が多いです。 さて、この役に立ちそうにないスタジオマンの写真を見てください。 これはごくスタンダードなフレーミングです。何も変わったところはありませんね。でも、今日は恐るべき例外の人のお話をします。 あるカメラマンがいました。「学ばない人だな」というのが俺の印象でした。その人はただそこにあるものを

追加説明:写真の部屋(無料記事)

写真には文学性が必要です。と書いたことに質問をもらいました。 「それってどういうことですか」 わかりやすく説明すると、これがクルマを撮った写真か、結婚式を撮った写真なのかの違いです。 文学はくどくどと説明をしません。「月が綺麗ですね」と隣に座っている人に伝えることで、私はこの美しい月をあなたと見られることに嬉しさを感じています、という意味を込めています。 写真が「お前が好きだ、愛してる」と声高に言ってしまっていると、それはありきたりだし、野暮になります。ですから、自分

開放はやめよう:写真の部屋

デジタルミラーレスカメラがどんどんフルサイズ化してきました。 そこでさらに目立っているのが「開放ボケ」です。ボケは英語でもBokehというように、どちらかと言えば日本人が好む表現です。以前もここで書いたのですが、それは風景に原因があります。正確には風景を解釈する人々の感覚の問題です。 よく写真の教科書に「背景のごちゃごちゃした部分はボカして、人物を目立たせましょう」なんていうことが書かれています。だからみんな明るい大口径単焦点レンズを使って、人物以外にはまったくフォーカス

写真って、文学なんです:写真の部屋

写真と映像の違いは「時間の概念を含んでいるかどうか」だというのは誰にでもわかると思うんですけど、物理的な時間じゃなくて、抽象的な時間はどちらにも含まれています。 違う言葉で言えば、写っていない前後の物語と言えましょうか。 たとえば、こんな写真があるとします。ホテルですね。時計は9時40分ですが、ライトがついているのでおそらく21時でしょう。スマホを充電しています。誰かがこの部屋にいます。写っているのはそれだけですが、ここで起きている物語の断片を示しています。小説で言えば情

レンズの選択:写真の部屋

昨日の撮影は状況がわかりにくかったので、自分としては多い5本のレンズを持って行きました。 14-24mm、24-70mm、35mm、50mm macro、85mm。 最広角は14mmで大丈夫だとわかっていたのと、望遠も85mm以上はいらなそうだったのでこうなりました。バリエーションがあるカットを撮るときのレンズ選択は迷うことがありますけど、ほぼこれでカバーできました。 レンズ選択はいつも悩むところで、特に外国に行くときは何度も荷物を詰め直したりします。こう言うとおかしい

ミシンとこうもり傘:写真の部屋

仕事でなくても、そのへんにある何かを撮ることがあります。 シェフが家で料理をするかしないかというのに似て、カメラマンにも仕事であろうがなかろうがとにかく撮っている人と、スタジオを出たら一切カメラを持たない、という2種類の人がいます。 どちらでもいいんですけど、俺は起きている間はずっと何かを撮っているタイプです。人間ドックに行ったときに「カメラ、いい加減にやめてください」と怒られたほどです。 なんでもない風景を撮ることをスナップと言いますが、英語で「パチッと鳴らす」みたい

医学と写真:写真の部屋(無料記事)

最近、ヤンデル先生がシェアしてくださることもあってか、医師の知人がどんどん増えている。 昔から医師に写真好きが多いことは知っている。おそらく「写真を撮る行為のロジック」が、医学に似ているからじゃないかと思う。見る目は、診る目と通じるし、科学の知識が必要で冷淡な整合性を必要とするのに、それをあざ笑うように覆してくる「死」という非論理的な破綻がある。 発見から分析、対症から解決、破綻をも含んだ快癒。 これらが辿る道筋は、あまりにも写真と似ている。ある写真好きな知人は就職先に

ウロコと小骨:写真の部屋 (無料記事)

「趣味で写真を撮り始めたつもりが、いつしかそれを仕事にする」 という例が増えている。過去には決してあり得なかったことだ。これは写真がデジタルになって、カメラさえ買えば誰でもフォーカスと露出が合った写真が撮れるからなんだけど、写真はすべて「目の良さ」にかかっている。 撮るときと、見るときの目だ。 これは、あるオンラインショップのページを取り出したものだけど(スミマセン)、背景の白バックが全部バラバラだった。デザイナーのような目を持っている人なら気持ちが悪くなるだろう。

無意識(に近いもの):写真の部屋

たとえば街を歩いていて、こんな風景を見たとする。 そこで足が止まったのはなぜかを考える。風景が持っている情報は膨大なので、どの部分に無意識(に近いもの)が反応したのかを隅々まで確認。 白い壁なのか、木なのか、格子のデザインなのか。 あなたも画面のどこかを切り取ってみて欲しい。そしてその理由も。 理解できるまで、ぼーっと眺めている。たぶん「二階に置かれているクルマ」じゃないかと思った。普通、道路にあるはずのクルマが高い場所にあることで、木の枝との重なり方が不思議に感じる

空気は写るか:写真の部屋

ふたつの意味で、写真には「空気」が写っていて欲しい。 ひとつは言わずもがなだけど、そこにあるものが生み出す雰囲気のこと。比喩としての空気ですね。 暖かいのか、寒いのか、快適なのか、そうではないのか。物語が作り出す空気がより表現されている写真には、見ている人が惹かれるものです。 もうひとつは物理的な意味での空気。霞んでいたり、澄んでいたり、次の写真のように、わざと空気を歪ませることもあります。

ローストビーフとステーキ:写真の部屋

見せたいものを見せようとしすぎると、写真が単純になりますよね。 人間を撮るとき、9割は顔を意識します。一枚の写真ならバッチリ綺麗に顔が写っていていいんですが、数枚、数十枚の写真を並べたときにそればかりだと暑苦しく感じてしまいます。 映画を観ればわかりますが、物語が時間とともに進んでいく場合、主人公は正面だけではなく、横から、背後から画面に映ります。それは物語が誰の視線を基準にしているかを決める効果と、展開が単調にならないための意図があります。 一枚の写真を完璧に仕上げる