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博士の普通の愛情

恋愛に関する、ごく普通の読み物です。
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2021年6月の記事一覧

浴衣の志摩子:博士の普通の愛情

犯人が捕まらない犯罪というのがある。僕は25歳の頃にしでかした愚かな過ちを「なかったこと」にできた幸運なひとりだ。就職もせず、ときどきアルバイトをすることはあったがほとんど毎日パチスロばかりしていた。 金がなくなったので銀行のATMでなけなしの数千円をおろしに行ったとき、となりで80代くらいのおばあさんが操作に困っているのに気づいた。助けを求めるような目でこちらを見るので、画面のそこを押すんですよ、と教えた。 「ありがとう。助かったわ」 おばあさんは50万円を銀行の封筒

カエデとメイくん:博士の普通の愛情

「じゃあ、初めてちゃんとつきあった人の話をして」 なぜ人は夜中に話すことがなくなると恋愛の話か怪談をするのだろう。僕らは数人で伊豆にある友人の別荘に泊まっていた。深夜3時くらいまでベッドに寝転がって無駄話をしていたが、開け放した窓からは波の音が聞こえ、潮の香りがする湿った風が届く。夜中に聞くと、波というのは意外と大きな音がするのだなと思った。 僕の順番が来たので「カエデ」との思い出を話すことにした。20代の中頃、僕らふたりは有栖川公園近くのワンルームに暮らしていた。ワンル

料理の先生:博士の普通の愛情

あるフレンチレストランで食事を終えたあと、厨房から女性のシェフが出てきた。僕が最後の客だったのでしばらく話したのだが、彼女は20代後半で事務職を辞めて調理師専門学校に入ったという。なぜ、と聞くと興味深い話をしてくれた。 彼女には数年間一緒に暮らした彼がいて、たぶんそのまま結婚するのではないかと思っていたそうだ。しかしある夜、彼から突然の別れを切り出される。喧嘩もしたことがないし、何が原因かがわからなかったので理由をたずねてみた。彼は、「君の料理は美味しくないから」と言った。