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博士の普通の愛情

恋愛に関する、ごく普通の読み物です。
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2020年1月の記事一覧

自分を守るための攻撃:博士の普通の愛情

「元カノが前澤さんのお年玉ツイートをRTしていたのを見て、せつなくなった」という話を読んだ。確かにこれは、せつない。 という前置きのあとに。 男女同権とは言え、女性が男性の選択において「収入」を気にすることは少なくないだろう。ついさっき渋谷を歩いていたら、おばさんが歩きながら電話をしていた。割と大きな声で、「結婚相手にはダメよ、売れない劇団の役者なんて」と言ったので、周囲の人が一斉におばさんを見た。 共稼ぎであろうと、旦那の収入がいいに越したことはないのはわかる。でも

明日は金曜日だから:博士の普通の愛情

「女友達と、香港に遊びに行ってくる」 家を出る前に、妻がそう言った。 会社に向かう電車の中で、僕は隣の人が読んでいる雑誌の表紙を眺めていた。「あなたの奥さんは不倫をしている」という特集タイトル。 うん。わかっている。香港へはたぶん男と行くのだ。 妻は旅行が好きなのに僕は出不精だから、彼女はいつも誰かと行く。そして今回少し違っていたのは、わざわざ「女友達と」と言ったことだ。今までそんなことを言ったことは一度もない。「友達と」としか言わないし、僕がそこで「女性の友達か」と

初めて会った日:博士の普通の愛情

深夜、クルマの急ブレーキと衝突音が聞こえた。マンションのベランダから下の道路を見ると、倒れている女性がいた。 僕は外科医なので、3階の部屋からすぐに下に降りる。女性はそれほど重症ではないようだった。呆然としている初老の運転手の男性に、慌てずに警察を呼ぶように指示してから、僕は片手で彼女の脈をとりながら119に電話をする。 救急車で搬送される彼女を見送り、僕は警察に状況を説明した。彼女が向かったのは、この時間だとたぶん僕が勤務している病院だろうと思った。 翌日、緊急搬送さ

マリッジ・ストーリー:博士の普通の愛情

Netflix製作の『マリッジ・ストーリー』を観た。 若い頃のゴージャスなまでの透明感から、年齢とともにシックな美しさを手に入れたスカーレット・ヨハンソンの演技がたまらなくいい。ぜひ観て欲しい。 ある夫婦が離婚するまでのシンプルなストーリーなんだけど、だからこそ丁寧に細かい感情の動きを堪能できる。お互いをいかに愛していて尊敬しているかを説明するシーンは、物語の後半に切なさをもたらす。 これはもう、ただ観て欲しいとしか言えないので、俺の意見は今以上、これ以上書かないんだけ

河川敷の街で:博士の普通の愛情

レイジは、郵便局に行った。 何のためだったのかは、あまりに昔のことなので憶えていない。当時住んでいたのは足立区の小菅だった。そう聞いてもわかる人は多くないと思うが、東京拘置所のそば、ドラマ『金八先生』のロケ地付近と言えばピンと来るかもしれない。 レイジは荒川の土手が見える古いアパートの二階に住んでいた。アルバイトを転々とする今で言うフリーターだが、その頃は「プータロー」と呼ばれていた。何もやる気がなく、その日暮らしとまでは行かないまでも、その月暮らしのように怠惰な生活をし